サビイロ契約
49
珂月は温かい布団にくるまり、浅い夢を見た。
夢の中でルザは珂月のそばにいて、珂月の好きな料理をたくさんテーブルに並べていた。
おいしそうな匂いが鼻をくすぐり、珂月の腹の虫が鳴った。
「おい、起きろ」
冷たい手の平で頬をぺちぺち叩かれ、珂月は目を開けた。
まだ夢の続きを見ているようだった。
ローテーブルの上に、湯気の立つ食事が置いてある。
「……んん?」
「飯、食えよ。起きれるだろ」
珂月は目をこすって目の前の景色が消えないか確かめた。
のそりと布団から這い出し、部屋着のシャツの下に手を突っこんで腹をかく。
ローテーブルの上には、白いご飯と、丸皿に綺麗に盛られたポークソテーがあった。
ソテーの上には細く刻んだネギが乗っていて、たれがかかっている。
珂月は鼻をひくつかせた。
「これ、ルザが作ったの?」
「ああ」
「冷蔵庫にあったやつで?」
「ああ。ろくなもんなかったから、これだけしか作れなかったけど」
「……料理、できるんだ……」
ルザがエプロンをつけて鼻歌を歌いながらフライパンを振っているところを想像して、珂月は寒気がした。
ルザが料理をするとは、想定外もいいところだ。
笑顔で料理を差しだされても、なにかよからぬものが混入している気がしてならない。
ルザは珂月の隣にどかりと腰を下ろし、箸を茶碗の上に置いた。
「軍を指揮する者が料理の一つくらいできなくてどうするんだよ。全部お前んちにあるもので作ったんだから、安心して食えよ」
珂月はこわごわ箸を手にとり、顔の前で両手を合わせた。
「……いただきます……」
マナーそっちのけでソテーの端っこにかじりつくと、肉汁が溢れて口の中に広がった。
少し醤油の香りが強かったが、とてもおいしかった。
珂月は夢中でソテーを口に運んだ。
ルザはテーブルに頬杖をつき、珂月が食べる様子を眺めていた。
珂月はソテーとご飯を口いっぱいに頬張り、もごもごさせながらふと隣のルザを見た。
ルザは珂月を見つめるばかりでなにもしていない。
「ルザは食べないの?」
「別に、今食わなくても、あっちに帰ればいくらでもうまいもの食えるし。それに肉はそれだけしかなかったからな。
お前、普段ちゃんと食ってんのか? 食わないといつまで経ってもちっせえまんまだぞ」
「食べてるよ。それなりに。食料が少ないのは配給前だからだよ。それより、ルザはお腹空かないのか?」
作ってもらって自分だけ食べているのが心苦しかっただけなのだが、珂月は言ってから失言だったかとほぞをかんだ。
ルザは意味深な表情を浮かべた。
「空いたって言ったらどうする?」
「え、と……ご、ご飯ならやる」
珂月は急に挙動不審になり、ルザはおかしそうに吹きだした。
「そんな不安そうにすんなって。昨日たっぷりもらったんだから、まだ当分もらわねえよ。それよりお前に倒れられたら困るんだから、ちゃんと食え」
珂月は少し胸が痛んだが、その理由はわからなかった。
一つ頷き、また食べ始めた。
珂月は茶碗に米粒一つ残さなかった。
腹いっぱいになり気分のよくなった珂月がごちそうさまと礼を言うと、ルザは口端をつり上げて笑い、珂月の目尻にキスしてから食器を片づけた。
珂月は唇の触れたところを無意識に指でかきながら、流しで食器を洗うルザの後ろ姿を見ていた。
そのあともルザは帰らず、珂月のそばにいてなんやかんやと世話を焼いた。
珂月がいいと言っても聞き入れず、珂月を構いたくて仕方がないようだ。
そのうち珂月も諦め、ルザの好きにさせた。
あれほど冷たく恐ろしいと思っていたルザが、今は人が変わったように温かく優しい。
ダラザレオスといて安心できるだなんて、ほかの誰かに言ったら奇人扱いされるだろう。
珂月はルザの腕の中で、ぽかぽかの日差しを浴びてうとうとしている。
ルザはあぐらをかいた上に珂月を乗せ、ベッドに寄りかかって部屋にあった本をぱらぱらとめくっている。
静かで、この上なく穏やかだった。
二人の立場は狩人と獲物、決して相容れない存在だ。
その、はずだった。
昼間眠りすぎた珂月は、夜中に目を覚ましてしまった。
寝返りを打とうとしたが、ルザの腕が背中にまわっていて身動きがとれなかった。
珂月はそっと頭を上げ、狭いベッドで寄り添って眠るルザを見つめた。
ルザは珂月を抱きしめ、静かな寝息を立てていた。
珂月はこれほど近くでルザを見たことはなかった。
まつ毛が長く、夢を見ているのかときどき瞼がひくりと震えている。
筋の通った高い鼻や滑らかな頬には傷一つなく、血にまみれた世界狩りを指揮していた者だとはとても思えない。
ルザは珂月に見られていることに気づくことなく、安らかに眠っている。
鋭い眼差しが隠されているだけで、かなり柔らかい印象を受ける。
珂月はルザの胸元にすり寄り、静かに目を閉じた。
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