2 男は珂月の右手を離した。 珂月は自由になった手をそっとさすった。 男がなにを考えているのか、わからない。 ダラザレオス自ら出てきたのに、みすみす獲物を逃す真似はしないだろう。 彼の鋭い眼差しには、人間である珂月はただのエサとしか映っていないはずだ。 珂月のシャツに男の手がかけられ、ちり紙でも裂くように破かれた。 「ただし」 男は珂月の顎に指をかけて持ち上げ、白い首筋をあらわにした。 浮き出た鎖骨を愛しげに親指の腹でなでる。 「お前は俺の所有物だ。いいな」 言うが早いか、男は珂月の首に顔をうずめた。 首から肩口にかけて味見するように舌で舐め、頸動脈を避けて噛みついた。 「う……!」 珂月が痛みに肩を震わせると、動かないように手で押さえこまれた。 男を押し返そうとした右手は、簡単に捕えられて頭の脇に縫いとめられた。 血を吸い取られながら、珂月は意外なほど冷静な自分に気がついた。 視界の端に男の黒髪があることを除けば、いつもの自分の部屋に変わりはない。 いつも通りの穏やかな宵の口だ。 全開の窓から乾いた風が吹きこみ、照明から垂れたひもをかすかに揺らしている。 「っあ……も……」 男はいつまでも血を吸うのをやめようとしない。 珂月はだんだん力が抜け、頭がぼんやりし始めてきた。 膝が震え、男に押さえつけられていなければとっくに倒れているだろう。 やっぱり食い殺す気なんだ、と絶望的な心地になったとき、男は珂月の首から口を離した。 名残惜しむように、噛み跡を舌先でつついて遊ぶように舐める。 男が舐めると、不思議と血は止まった。 顔を上げた男は、唇についた血まで綺麗に舐めとった。 珂月の瞳は濡れて、半ば焦点が合わなくなっている。 弛緩した無防備な顔つきで、もう抵抗する気力など残っていなかった。 男はくたりと力を失った珂月の背中に手をまわして支え、至近距離で艶やかにほほ笑んだ。 珂月に血生臭い息がかかった。 「お前、最っ高。こんなに甘い極上品なんて、初めてお目にかかったよ」 男は嬉しそうに言った。 「ほかの奴に取られなくてよかったぜ。 俺は美食家だから食い散らかすようなきたねぇ真似はしないけど、大概の連中はなんでも食ってポイだからな。 俺に目ぇつけられといてよかったな、お前」 男は珂月を大事そうに抱え上げ、部屋の隅のパイプベッドに横たえた。 自分は脇に腰かけ、半分破かれたシャツをさらに破いていく。 静かな部屋に布を引き裂く音だけが響く。 上半身を裸に剥かれ、日に当たらない白い胸に男が手を這わせると、珂月は派手にびくついた。 男は挑発するように珂月を真上から見下ろした。 「殺さねえっつってんだろ。なにそんな怯えてんだよ」 「なら……なにするんだよ……」 「俺のものにするんだから、印つけとかないと誰かに食われちまうだろ?」 男は珂月のベルトに手をかけた。 鮮やかな手つきでベルトを抜き取られ、珂月はぎょっとした。 「っおい!」 ズボンと下着まではぎ取られてしまった。 生まれたままの格好になった珂月を、男は頭のてっぺんから足の爪先までじっくりと眺めた。 「まだ綺麗みたいだな。綺麗なものを汚すのはいつでも気分がいいもんだ」 男の赤い口が弧を描く。 珂月はどうしようもない力の差を見せつけられながらも、この状況から脱する方法を考えた。 しかし、いい方法なんて見つかるわけもなかった。 彼は捕食者で、珂月は狩られる側だ。 男は珂月の胸に軽くキスしてから舐めだした。 寒さと恐怖で立ち上がった飾りを舌がかすめると、珂月は体を震わせた。 男は珂月の表情を見て、小さな突起を弄びながらほくそ笑んだ。 男が心臓の上あたりに強く吸いついてきた。 軽い痛みのあと、千本の針で刺されたような強烈な痛みが珂月を襲った。 「あああ……っ!」 珂月はシーツを握りしめて痛みに耐えた。 痛みは蛇がのたうちまわるように広がっていき、唐突に消えていった。 珂月はなにが起こったのかまったくわからなかった。 男は激しく上下する珂月の胸をなで、満足げに笑った。 「あっ」 不意に足を大きく広げられ、閉じようとすると男が体を滑りこませてきた。 臀部の割れ目を探られて、珂月はやっと男がなにをしたいのか理解した。 ←*|#→ [戻る] |