サビイロ契約
46
「はあ……」
ルザは珂月を見据えたまま、ゆっくりと顔を離した。
珂月は頬を紅潮させて、新鮮な空気を胸いっぱいに吸いこんだ。
ルザは珂月の髪に指を差しこみ、壊れ物に触れるようにそっとなでた。
珂月は気持ちよさそうに目を細めた。
ルザの優しい手つきに身を任せてぼんやりしていた珂月は、上半身を裸に剥かれて寒気を感じ、ようやく我に返った。
「……え? あ、ちょっと、おい! だから今日はヤらないって!」
「すぐそんな口聞けないようにしてやるから、安心しろ」
珂月にはなにをどう安心していいのかわからなかった。
ベルトにかけられた手をどかそうと奮闘していると、またつむじ風が舞った。
ベッドのすぐ脇にさっきの黒犬型のバイラが行儀よく座っている。
犬は口に白い釣鐘状の花を一輪くわえていた。
ルザが花を受け取ると、バイラは風の中に吸いこまれるようにして消えた。
「なにそれ……?」
珂月が聞いても、ルザは手に持った花を振っただけでなにも答えなかった。
曲がった茎は太く黒ずみ、花の白さが際立っている。
珂月の見たことのない花だった。
ルザは花の中に人差し指を突っこみ、ぐるりとかきまわすと花を背後に放り投げた。
「舐めろ」
珂月の口の前にルザの指が突きつけられた。
ルザの人差し指には、花の蜜と思われる半透明の黄色い液体がねっとりと付着している。
珂月は煮詰めすぎた果実のような、くらりとする甘い香りを感じた。
「おいっ、なんだよこれ」
「いいから、舐めろよ」
「おれの問いに答え……むぐっ」
問答無用で指を口に突っこまれ、珂月は唸り声をあげたが、ルザは構わず指の腹を珂月の舌に押しつけた。
口の中に、舌がしびれるような独特の甘みが広がった。
「ふぁにふんはよー!」
「うまいだろ? 残すなよ。吐き出したらはいつくばって舐めさせるからな」
ルザは言ったことは必ず行う。
珂月は毒でないことを祈り、蜜を飲みこんだ。
珂月の喉が動いたのを確認すると、ルザは指を引きぬいた。
「よし」
ルザは珂月の唾液で光る指を舐め、不敵に笑った。
なにか悪いことを企んでいそうな顔だ。
珂月は次になにが起きるのかどきどきしながら待ったが、ルザはなにもしようとしない。
ただ、口元に笑みをたたえて珂月を眺めている。
しばらくもしないうちに、珂月は妙に落ち着かなくなってきた。
じっとしていられず、体をゆすってそわそわしてしまう。
鋭いルザが珂月の変化に気づいていないはずもないのだが、ルザはなにも言ってこない。
珂月は次第に体がほてってきて、たまらずルザの腕にしがみついた。
「ルザっ……」
「ん? どうかしたか?」
ルザは白々しかった。
珂月はルザを下から睨みあげた。
「なんだよこれっ……」
珂月はルザの黒いシャツを震える手で握りしめた。
体が熱い。
特に下半身が異常に熱い。
ルザは赤くした顔を悩ましげに歪める珂月を見下ろし、満足げに鼻を鳴らした。
珂月の頬に触れると、珂月は大げさに体を震わせた。
「あの花はな、俺たちの世界にしかないものなんだ」
ルザが言った。
「夜にだけ咲く花で、野生にしか咲かない。誰も見てないところでしか増えないから、どんな種を宿すのか、そもそも種で増えるのかさえわかってないんだ。
その香りは広く届き、嗅いだ者を狂わせる。そして」
ルザは珂月の中心をズボンの上からそっとなでた。
すでにそこは熱く形を持っていた。
「ひゃっ、あ」
「その蜜は最高の媚薬になる。まあ、人間に試したことはなかったんだけど。ずいぶん効きがいいみたいだな」
珂月は軽く触れられただけなのに、それだけで達してしまいそうだった。
熱い吐息を吐きながら、どうしようもない劣情にかられ、ルザの胸にすがりついた。
なにか言おうとしても、口から出てくるのは言葉にならない喘ぎに似たものばかりだった。
「試したことがないって……! おれ、どうなっちゃうんだよっ……」
「心配すんなって。即効性だけどすぐ効果は切れるから。たぶん」
「おっ、おま……」
いくら珂月が睨んだところで、ルザの嗜虐心をあおることにしかならなかった。
「ルザっ……う」
「なに? ちゃんと言ってくれなきゃわかんねえよ」
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