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サビイロ契約

45

「やめろって言っただろ!」

 珂月は涙目になりながらルザを突き飛ばした。

「おれが死んでもいいのかよ!」

 ルザは唇に垂れた珂月の血を舐めた。

「しょうがないだろ、最近忙しくてなかなかこっちに来られなかったんだから。その分補わねえと」
「だからってこんなに飲まれたら本当におれ死ぬよ!」
「お前がほかの人間の血は飲むなって言ったんだろ。自分で言っといて弱音吐くなよな」

 珂月はずきずき痛む首筋を押さえ、涙をぐっとこらえた。
 ルザに悪びれたところは一切見当たらない。
 珂月はどうしようもなく悲しくなった。

「……もう、おれのことはどうでもよくなったんだ? 死んだら死んだで、またほかの獲物を探せばいいって思ってるのか?」
「は? そんなこと言ってねえだろ」
「そう言ってるようにしか聞こえないよ」

 珂月はルザに背を向けた。
 六畳の狭いアパートの一室で、逃げるところも隠れるところもないので、珂月はただその場に立ちつくした。
 ルザは眉根を寄せ、比較的優しく話しかけた。

「あー、悪かったよ。謝るから、こっち来い」

 ルザは手を差し伸べたが、珂月は振り返らなかった。

「止血しないとまずいだろ。舐めてやるから、おいで」

 珂月はちらりとルザを見た。
 首筋の傷口を押さえてはいるが、血が微量に流れ出しているのがわかる。
 珂月はしぶしぶ、ルザの手を取った。

 ルザは右手を珂月の腰にまわし、左手で珂月の頭を固定して首筋をあらわにさせた。
 ルザは犬歯のあとが残る白い首を目を細めて眺め、傷口に舌を這わせた。
 珂月は鋭い痛みにぴくりと動いたが、じっと耐えた。

 ルザが舐めるとすぐに血は止まった。
 ダラザレオスの舌には止血の効果がある。
 珂月は止血が終わるとすぐにルザから離れ、ベッドの隅に体育座りをした。

「今日はヤんないからな! いてもいいけど、絶対ヤらないから!」
「なんだよそりゃ……おい、機嫌直せよ。お前のこと死んでもいいなんて思ってねえって。
こんだけ大事にしてやってんのに、なんでそんな風に考えるんだよ」
「うるさい! そんなの信じられるか!」

 珂月は半ばやけを起こしていた。
 一度思いこんでしまうと、どんどん悪いほうへ考えが傾いていく。
 ウァラクの留宇に対する態度を目にしたあとでは、ルザの優しささえ計算されたものに思えて仕方がなかった。
 珂月が極上の血の持ち主だから、血のために珂月を大事にしているのだとしか思えなかった。

 ルザはしばらく珂月を見守っていたが、いつまでたっても埒が明かないので、小さくため息を落とした。
 ため息に反応した珂月は怯えた目でルザを見たが、態度を改めようとはしなかった。

「しょうがねえな」

 ルザが言った。
 珂月が振り向くと同時に、部屋につむじ風が舞った。

「わっ」

 反射的に目を閉じた珂月が再び目を開けると、ルザの足元に大型犬くらいの大きさのバイラが座っていた。
 見た目は完全に黒い犬だが、奈落の底のような暗い目が、地球の生きものではないことを物語っている。

「な、なにするんだよ」

 とうとう愛想を尽かし、バイラに食わせる気かと珂月は青ざめた。
 ルザはしゃがみこんでバイラの頭をなでながら、無言で指示を与えた。
 バイラは了解したとばかりに一声鳴き、つむじ風と共に姿を消した。
 珂月にはなにが起きたのかさっぱりわからなかった。

「今のなんだよ?」
「さあなあ」

 ルザは笑顔を浮かべたまま、ベッドに乗り上げた。
 小さくなる珂月の頭の両側に手をつき、低い声で囁く。

「ヤる気がないなら、無理やりでもその気にさせてやるよ」

 珂月は顔をひきつらせた。
 本来の立場を忘れ、少し言いすぎたようだ。

 ルザは珂月の顎をつかみ、乱暴に口づけた。
 珂月が呻いた隙に舌をつっこみ、珂月の舌を捕えて絡ませた。
 珂月は酸欠と貧血で頭がくらくらした。

「んんっ……ん、ん」

 抵抗しようと突き出した手はあっさりつかまれ、壁に押しつけられた。
 珂月は閉じた瞼をひくつかせ、ルザの動きに呑まれないよう必死になった。



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