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サビイロ契約

44

「……あの」

 そっと声をかけると留宇は振り向いた。
 留宇は珂月の顔を見るなり、不機嫌そうな顔になった。

「なにか用?」

 留宇はそっけなくすぐ蛇口に視線を戻した。
 珂月は後ろ手にドアを閉めた。

「ちょっと君に聞きたいことがあるんだ」

 留宇は返事をしなかった。

「君はどうして、ウァラクと一緒にいるんだ? 契約してるって聞いたけど……どういういきさつで?」
「別にどうだっていいだろ」
「教えてくれないか。さっき見たかぎりじゃ、君、ウァラクにずいぶんひどい扱いを受けてるみたいだけど。
それなのになんで一緒にいようとするんだ? 嫌だとか、逃げたいとか、思わないのか?」
「うるさいな。そんなの僕の勝手だろ」

 留宇は洗った手をジーンズにこすりつけ、外に出ようとしたが、ドアの前には珂月が立ちふさがっている。
 留宇は大きな目をつり上げた。

「邪魔。出られないだろ」
「頼むよ、ちょっとだけでいいから、教えてくれよ。なあ」
「なんなのお前。うっとおしいんだけど。話すことなんてなにもないし。どけよ」

 留宇は珂月を押しのけようとしたが、逆に珂月は留宇の腕をつかんだ。
 留宇は腕を離そうともがいたが、力の弱い珂月の拘束すら逃れられなかった。

「なんなんだよお前っ! 離せよ! お前には関係ないだろ!」
「関係なくないんだよ!」
「勝手にそう思ってるだけだろ! お前わかってんの? 僕に手を出したら、お前ウァラクに殺されるんだからな!」

 珂月が口をつぐんだので、留宇は勝ち誇って笑った。

「わかったらさっさとそこをどけ」

 珂月は留宇の腕を離したが、ドアの前からは動かなかった。

「……おれなら、君のことを少しはわかってやれると思うんだ」
「は? いい加減にしてよ、わかってほしいなんて誰も頼んでないし。馬鹿じゃないの? 早くどけっつってんだよ」
「わかった、どくから、その前にこれを見て」

 珂月は赤いパーカーの裾に両手をかけ、中に着たシャツごとパーカーを脱いだ。
 裸の珂月の左胸には、ルザの証が色あせもせずくっきりと刻まれている。
 留宇はぽかりと口を開け、印を凝視した。

「お前も……なのか……」
「ああ。おれも、あるダラザレオスに獲物認定されてる。これで少しは話を聞いてくれる気になったか?」

 留宇はさきほどまでの勢いはどこへやら、瞳を震わせて恐る恐る珂月と視線を合わせた。
 珂月は再びパーカーを着直し、咳払いした。

「少し前、おれはダラザレオスに襲われたんだけど、血がうまいみたいで殺されなかった。
そのかわりそいつの所有物にされて、それからそいつは腹が減ったらおれのところに来るようになったんだ」
「……僕のほかにもいるなんて……」
「おれだってほかにもいるなんて知らなかったよ。なあ、これで関係あるってわかっただろ。話してくれよ」

 留宇はうつむいたが、小さな声で言った。

「……ウァラクは僕の恩人なんだ。だから、一緒にいる」
「恩人? ダラザレオスが? どういうこと?」
「僕を、助けてくれたんだ」

 留宇は遠い過去に思いをはせているようだった。
 珂月は、なんの疑いもなくダラザレオスを「恩人」と言い切る留宇に呆れてしまった。

「あのさ、それは単に君を気に入ったから、気まぐれで助けただけだと思うよ。おいしそうだったからに決まってるだろ。
ダラザレオスと人間の感覚は違うんだ。君、このままじゃあいつのいいようにされたあげくに殺されちゃうんだよ」

 顔を上げた留宇の顔に朱が走った。

「ウァラクは違う! そんな奴じゃない!」
「そんな奴だって。ダラザレオスにとって、おれたちはただのエサなんだよ。エサとしか見てない。ウァラクを手放しに受け入れるのは危なすぎる」
「お前の場合はそうかもしれないけど、僕は違うさ!」

 留宇は自分の胸に手を当てて吠えた。
 もう珂月の話を聞く気はなさそうだ。

 留宇は無理やり珂月をどかし、ドアを開けた。

「待ってくれ! おれのことは誰にも言わないでくれないか?」

 留宇はわずかのあいだ、立ち止まった。
 しかし、なにも言わず足早に去ってしまった。



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