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サビイロ契約

41

 珂月が大人しく手を取ると、ルザは口角を上げて珂月を引き寄せた。
 ルザは珂月を腕の中に閉じこめ、髪を梳いたり額にキスしたりして、しばらく遊んでいた。

 珂月はルザの胸に頭を預け、されるがままになっていたが、ふと目の横で揺れるペンダントに気がつき、そっと手を伸ばしてそれに触れた。
 いつもルザがしている銀のペンダントだ。
 横を向いて咆哮する狼型のバイラの首がモチーフになっている。
 立体的で、かなり精巧に作られたものだ。
 手入れを怠っているようで少し黒ずんでいるが、今にも瞬きをして口を閉じそうだ。

 このモチーフの首の断面に血を滴らせ、周囲に茨を描けば、珂月の左胸に刻まれた文様になる。
 これはルザを表す紋章なのだろう。

 珂月はシンク・ベルで見かけた黒髪の少年のことを思い出した。

「……ルザ」
「あ?」
「ダラザレオスってさ」

 珂月はルザのペンダントをいじりながら言った。

「よくこうやって人間と契約するものなのか?」
「いや? 例はあるけど滅多にないな。お前は特別だよ」

 ルザは珂月の顎に指をかけて顔を上げさせたが、珂月は考えごとに夢中でルザを見ようともしない。
 ルザは気もそぞろな珂月に首をかしげた。

「なんだよ? なにかあったのか?」
「あのさ」

 珂月は真剣な表情でルザを見上げた。

「今日、でっかいハンター組織のビルの中で、人間と契約したダラザレオスを見たんだ」

 ルザはかなり驚いたようだった。

「確かか?」
「うん。背が高くて目が鋭い銀髪の奴だったから、間違いないよ。周りの人たちはそいつのことを許容してて、
そいつは契約している留宇って奴以外には絶対手出ししないって言ってた」
「人間に混じって暮らしてるのか? アスタルト以上に変な奴だな」

 ルザは顔をしかめ、珂月の首筋に顔をうずめた。

「……ダラザレオスの匂いはしないな。触られたわけじゃないんだな?」
「遠くから見ただけだから。でも、めっちゃ見られた。ルザの匂いを嗅ぎとったんじゃないかな」
「だろうな。そいつには不用意に近づくなよ。お前は特別うまそうな匂いさせてんだから」
「言われなくても深入りなんかしないよ。食われたくないし」
「お前を食ったらそいつ殺してやる。近づいてきたらそう言っとけ」

 ルザは珂月を後ろから抱きしめ、耳元でどすを効かせて言った。
 珂月はうんともいいえともつかない曖昧な声を上げた。

「あ、そうだ、笠木がそいつのことウァラクって呼んでた」

 珂月が言ったとたん、ルザの動きがぴたりと止まった。

「ウァラク……? あの野郎が人間と契約……?」

 珂月は体をねじってルザのほうを向いた。
 ルザは目を細めて怪訝そうな顔をしていた。

「知り合いなのか?」
「……まあな」
「友達?」
「まさか」

 ルザは嘲るような声色で言った。

「冗談じゃねえ。友達だなんて二度と言うな。あんないけすかない野郎なんか大っ嫌いだ。
くだらないプライド持って、勝手に俺を目の仇にしやがって。さっさと死ねばいいのに」

 珂月を抱く腕に力がこもった。
 珂月はなんと声をかければいいかわからなかった。
 今のルザは狡猾なダラザレオスの顔をしている。

「珂月、そいつはなにしでかすかわからねえヤバい奴だ。お前の定規では計れない。絶対に近づくな。いいな」
「う、うん。わかった」

 珂月はルザの剣幕に圧され、何度も頷いた。
 ルザは厳しい目つきのまま、しばらく珂月の顔を見ていたが、不意に口づけてきた。
 珂月は特に抵抗もせずに受け入れた。
 ぴちゃりと音をさせて舌を絡ませ合い、熱い息を交わした。

「ん、はあ……」

 ルザは珂月の耳や首にも、余すところなくキスの雨を降らせた。
 力が抜けてきた珂月をベッドに寝かせ、服を脱がせながら全身に唇を這わせた。
 まるで、マーキングでもするように。

 珂月はぼんやりルザの頭部を見つめながら、ウァラクのことを思い出していた。
 銀髪のダラザレオスとルザとのあいだになにがあったのか、知りたくないと言えば嘘になる。
 だが、ルザの態度を見るかぎり、とても聞けるような状況ではなかった。

 珂月はルザのことをなにも知らない。
 ルザは珂月のことなら隅々まで知っているのに、自分のことはなにも教えない。
 ただの獲物に、わざわざ語って聞かせることもないと考えているのだろうか。

 人間だって気の合う者とそうでない者がいる。
 ルザとウァラクは、珂月と園生のような関係なのだろう。
 珂月はそう考えて無理やり自分を納得させ、ルザの舌だけに意識を集中した。
 わからないことをぐるぐる考えるより、気持ちいいことをしているほうがずっと楽だ。


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