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サビイロ契約

39

 こんなところにダラザレオスがいるわけがない、と否定するが、どこからどう見ても銀髪の男は日本人ではない。
 廊下にいるハンターたちは、彼の存在に気づいているだろうになんの反応も示していない。
 珂月はわけがわからなくなった。

「藤里さん?」

 ついてこない珂月を不審に思った笠木が戻ってきた。
 そして珂月の視線の先を見て、ああ、と低い声で呟いた。

「彼ね。彼はダラザレオスですよ。ウァラクという名の」
「ほ……本物? なんで、こんなところに……」
「彼の横にもう一人いるでしょう」

 言われて珂月は、銀髪のダラザレオス・ウァラクの奥にもう一つ、細い影があるのに気づいた。
 ウァラクにひっついているので、同化して見落としてしまっていたようだ。
 小柄な影は、黒髪の少年だった。
 離れていても綺麗な顔立ちをしていることがわかる。

「あの子は留宇(るう)という、うちのハンターです。藤里さんの一つ下ですね。ウァラクは留宇と契約を結んでいるので、うちの者には手出しをしません。
例外中の例外ですが、バイラ避けとしてここへの出入りを許しているのですよ」

 珂月は大きな飴を丸のみしたような息苦しさと圧迫感を感じた。
 それは珂月とルザの関係のようなものなのだろうか。

 だとしても、ダラザレオスを懐に置いておくなんて危険極まりないことだ。
 ダラザレオスにとって人間は食料に過ぎないのだから。

 ウァラクは珂月から目を離さない。
 ダラザレオスは鼻が効くので、珂月に染みついたルザの匂いを嗅ぎとったのだろう。
 ウァラクの腕に両腕を絡ませている留宇は、不思議そうにウァラクを見上げてなにか話しかけているが、ウァラクはなにも答えない。

「心配しなくても大丈夫ですよ。彼はあなたにも危害は加えませんから」

 笠木は優しく言った。
 珂月は驚きのあまり動けなくなり、そのままたっぷり一分間はウァラクを凝視していた。


   ◆


 拉致同然で連れてきたくせに、帰りは送ってくれないらしい。
 笠木は案内を終えると、また明日迎えに行きますと言い残して、さっさと上の階に戻っていってしまった。

 一人新宿に放り出された珂月は、手付金として渡された金で切符を買い、中央線に乗って帰った。

 がらがらの広い車内で、珂月はもらった武器を点検した。
 使っていたサバイバルナイフのかわりにもらったナイフは、軽くて使い勝手がよさそうだった。
 刃は光を反射しない加工がされ、柄は珂月の細い手にぴったりフィットした。
 革製の鞘にはシンク・ベルの焼き印がほどこされている。

 珂月はほかにも、大型のファイティングナイフを二本もらっていた。
 戦うために作られた、曲線を描いた刃はどことなく野蛮な雰囲気を持っている。
 珂月はむしろ、飛鶴の使っているような小さくて投げやすいダガーが欲しかったが、あの場で要求する勇気はなかった。
 ファイティングナイフはサバイバルナイフに比べてずっしりと重く、使いこなすには練習が必要そうだった。

 最寄駅に降りると、珂月は人けのない道をとぼとぼと、長くなった自分の影だけを見て歩いた。
 小脇に抱えた三本のナイフがやたらと重く感じた。

 自分の部屋に帰る前に、珂月は浩誠の部屋に寄った。
 珂月は赤錆の浮いた古々しい外階段を上り、ドッグズ・ノーズの札のかかったドアを、複雑な気分で叩いた。

 慌ただしい足音がしたかと思うと、ものすごい勢いでドアが開けられた。
 珂月は危うくドアに鼻をぶつけるところだった。
 そこには浩誠の姿があった。

「珂月! よかった!」

 浩誠は眉尻を下げてほほ笑んだ。

「浩兄、待っててくれたんだ」
「当たり前だろ! さ、入れよ。連中の話を聞かせてくれ」

 珂月が浩誠に背中を押されて部屋に入ると、二部屋分の大きなリビングには、昼間酒盛りをしていたメンバーが揃っていた。
 彼らは珂月を見ると歓声をあげた。

「珂月い!」

 飛鶴は両腕を広げて珂月に抱きついてきた。
 突進とも言える勢いで、とっさに受け止めた珂月はナイフを三本とも床に落としてしまった。

「飛鶴……皆も、まだいたんだ? とっくに帰ったと思ってたよ」

 珂月が言うと、飛鶴は心外そうに鼻を鳴らした。

「ご挨拶だな珂月。みーんなお前が帰るのを待ってたに決まってるだろーが」
「えっ」

 きょとんとする珂月に、メンバーたちは笑顔で頷いてみせた。

「おう。いきなりトップが乗りこんでくるんだもんなあ、心配したぜ」
「もう戻ってこないんじゃないかって思ったよ―。よかった、ちゃんと帰してもらえたんだな」
「ほらそんなとこに立ってねえで座れよ」

 輪の中に座らされた珂月は胸の奥が熱くなった。
 こみあげてくるものがあったが、唇を固く結んで表情に出すまいとした。
 だが、飛鶴以外のメンバーたちにはお見通しのようだった。
 必死に嬉しさをこらえようとする珂月を、口元をゆるませながら見守っている。

「ありがと」

 珂月はぽつりと言った。
 それだけで珂月の気持ちは十分すぎるほど伝わった。



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