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サビイロ契約

38

「……あんまりハンターはここに来ないんですか」
「そうですね、だいたいの者は武器をもらいに来るときくらいしか、上にはあがって来ません。
あとは当直の三日間のときくらいですかね。護衛の仕事などは地下の駐車場に集まってすぐ移動になりますし」

 軽い音と浮遊感がして、エレベーターが目的の階に到着した。
 ドアが開くと、目の前の廊下には数人のハンターがたむろしていた。
 珂月はたちまち体を強張らせた。

 ハンターたちは壁に寄りかかったり、胡坐をかいて座りこんだりして、受け取ったばかりの武器の点検をしている。
 髪とひげが繋がるまで伸ばしている者や、擦り切れたジャンパーを着こんでいる者もいて、スマートで清潔感溢れる笠木や五十井とはまるで違う。
 年齢はまちまちだが、誰もかれもがっしりとしたラグビー選手のような体格をしていた。

 笠木はそんな彼らには目もくれず先を歩いて行く。
 珂月は少しでも自分を大きく見せようと、笠木を真似してできうるかぎり背筋を伸ばして胸を張った。
 珂月は笠木の背中から目を離さなかったが、それでもハンターたちの不躾な視線を全身に感じた。
 彼らから見れば、珂月は迷いこんできた幼子も同然だった。

「ここです。受付で身分を証明してから、欲しいものを伝えます」

 笠木は一番手前のドアを開け、珂月に入るよう促した。
 中はこじんまりとした小部屋で、長机がL字型に置かれていた。
 机の奥でスーツを着崩した男が二人、椅子にだらんと座って喋っていたが、笠木を見ると椅子に電流が走ったかのように立ち上がって背筋を正した。

「お疲れ様です!」

 珂月は面食らって隣の笠木を見上げた。
 二人の態度は、笠木がかなり上の立場の人間だということを示していた。
 笠木は今までずっと、珂月のもとに足しげく通っていたので、珂月は勝手に笠木を五十井の雑用係のようなものだと思いこんでいた。

 だがよく思い返してみると、初めて笠木と会ったとき、彼はシンク・ベルの「ハンター統括」だと名乗っていた。
 笠木はここのハンターを束ねるリーダー的存在なのだ。
 五十井の雑用係ではなく、腹心の部下なのだろう。

「ああ、身構えなくて結構ですよ。新入りのハンターを連れてきただけですので」

 笠木は軽く手を振り、珂月の肩を二回叩いた。
 二人は少し肩の力を抜き、珍しそうに珂月を眺めた。

「藤里さん」
「は、はい」
「普段お使いになっている武器はどんなものですか? 今お持ちなら見せてください」
「いつも持ってるナイフなら……」

 珂月はベルトに括りつけた鞘から愛用のサバイバルナイフを抜き、笠木に手渡した。
 笠木はサバイバルナイフをくまなく検分した。

「よく手入れなさっているようですね。でもかなり歯こぼれしているし、そろそろ取りかえてもいいんじゃないですか?」
「そう、ですね……」

 珂月は曖昧に答えた。
 笠木は頷いてナイフを男に手渡した。

「これと同じくらいの重さのナイフを。あと、彼にも使えそうなものがあれば、何点か持ってきてください」
「はい」

 男はナイフを捧げ持ち、奥のドアの向こうに消えた。
 恐らくそこが武器庫なのだろう。

「藤里さん、あとでシンク・ベルのハンター証をお渡ししますので、これからはそれを見せて武器を受け取ってください」

 珂月は軽く頷いた。

「武器が足りなくなったら、いつでも来てください。好きなものをお渡ししますから。
しかし、シンク・ベル以外の者に武器を譲渡することはできません。横流しが発覚すれば罰せられますので、注意してくださいね」

 珂月は重々しく頷いた。
 笠木の口調には言外に匂わせるものがあった。

「ああ、そんなに深く考えなくても大丈夫ですよ」

 珂月の顔が深刻そうになったので、笠木は安心させるようほほ笑んで言った。

「よほどのことがないかぎり、罰せられたり追い出されたりすることはないですから。
武器を横流ししない、うちのハンターともめ事を起こさない、当直の順番とノルマをきっちりこなす、これだけ守ってくだされば結構ですので」

 そう言われても、珂月は不安をぬぐえなかった。
 弱肉強食の世界にいきなり放りこまれ、うまくやっていける自信などなかった。

 珂月は新しいナイフを三本もらい、廊下に出た。
 ハンターたちはまだ廊下に居座っていて、笠木に連れられている珂月をじろじろと眺めまわした。
 珂月はわずかに眉をひそめ、ふと廊下の奥を見やった。

 廊下は一本道で、ドアが等間隔に続いている。
 どの窓にもブラインドが降ろされ、中をうかがうことはできない。
 つきあたりの壁はガラス張りで、新宿が一望できるようになっている。
 ソファがいくつかと灰皿が置かれ、喫煙所になっているようだ。

 そこのソファに、細長い影が座っていた。
 珂月はその影に目を留め、息をのんだ。

 銀髪の男だった。
 たてがみのような銀色の髪を肩まで伸ばし、長い脚を組みソファに寄りかかって煙草をふかしている。
 その男はまっすぐ珂月を見据えていた。
 なにもかもを見透かすような尖った目で。

「まさか……?」

 男はダラザレオスの特徴を完璧に備えていた。
 珂月は根が生えたように立ちすくみ、一歩も動けなくなった。



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あきゅろす。
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