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サビイロ契約

35

 酒のまわった珂月は緩みきった顔でへらりと笑った。

「なんかここあっつくない? 窓開けていいー?」

 珂月は膝立ちになり、危なっかしく窓に近寄った。
 だが桟に手をかけたところで、メンバーが珂月のパーカーの裾をつかんで引きとめた。

「まてまて、一応ここはハンターのアジトだぞ。窓開けてちゃ音も匂いもだだもれで無防備だ」
「えーだって」
「お前が脱げば済むことだろ。ほーら脱げ、お兄さんが見ててやるから」

 そう言った本人はすでに上半身裸だ。
 珂月は両腕で体をかばうように覆った。

「なんだそれ! お前が見たいだけだろエロ親父ー」

 酔った珂月がにやりと笑うと、それほど酔ってないメンバーたちもにやりと笑った。

「さあ脱げー」
「はよ脱げー」
「ええー」

 珂月はしぶりながらも、期待に満ちた目で見上げられ、パーカーの裾に手をかけて言った。

「じゃあ誠意を見せてみろ!」
「わかった、俺も一緒に脱ぐよ! 友達だもんな!」

 寝っ転がった飛鶴が床と垂直に腕を上げた。

「よーしじゃあまず一枚な」
「ぎゃっ」

 一人が嬉々として珂月を万歳させ、もう一人が赤のパーカーを脱がせてタンクトップ一枚にした。
 飛鶴は起き上がって珂月の隣に並んだ。

「はーいでは皆のアイドル珂月ちゃんと飛鶴くんのサービスタイムでーす」

 珂月と飛鶴は目配せし、同時にタンクトップとシャツに手をかけた。

 そのとき、キッチンから浩誠が大皿を手に戻ってきた。
 浩誠は珂月が鳩尾までタンクトップをめくりあげているのを見て叫んだ。

「おいなにやってんだ珂月! やめろ!」

 浩誠はできたてのスパニッシュオムレツをそばにあったテーブルに置き、慌てて珂月に駆け寄って服を下ろさせた。
 わずかに左胸のタトゥーが顔を出していたが、突然叫んだ浩誠に気を取られて誰も気づかなかった。

 メンバーの手から奪い取ったパーカーを珂月に着せる浩誠に、たちまちブーイングが集まった。

「なんだよリーダー心が狭え!」
「リーダーは珂月の裸なんか昔から見てんだろ! 一人占めはんたーい」
「……俺は? ねえ」

 まだシャツに手をかけたままの飛鶴がさみしそうに言った。

 珂月は必死になっている浩誠がおかしくて、けらけら笑った。
 浩誠はひそかにため息をついた。

「珂月、お前疲れてるみたいだぞ。これ以上飲むな。寝ろ」

 浩誠は珂月がなにか言う前に抱き上げて歩き出した。
 珂月はテーブルに乗ったオムレツを見つけて抗議した。

「えーっ、あれは? あれおれのじゃないの?」
「冷蔵庫にとっといてやるから」

 浩誠は足をばたつかせる珂月をなだめ、身をかがめて靴箱の上に乗った鍵を取った。

「起きたら食べればいいだろ。な」
「えー」

 浩誠は珂月を抱いたまま、慣れた様子で器用にドアを開けて外に出ると、隣の303号室の鍵を開けた。
 こちらの部屋はメンバーの寝所に使っているだけなので、少し埃っぽい。
 がらんとしたリビングはカーテンが閉められ空気が淀んでいる。
 薄い壁ごしに飛鶴の声がした。

 浩誠は四部屋あるうちの一番奥のドアを開け、ただ同然で譲り受けた古いベッドに珂月を寝かせた。
 隅っこに丸められている布団を叩いて中の綿を均等にし、珂月にかけた。

「あとで起こしに来るからゆっくり寝てろ」

 珂月は布団をたぐり寄せ、ベッドヘッドに手をつく浩誠を見上げた。

「オムレツ……」
「ちゃんととっとくから」

 浩誠の作るオムレツは、ベーコンやじゃがいもが入っていて珂月のお気に入りだ。
 珂月はしぶしぶ頷いて目を閉じた。
 酒が入っているせいですぐに眠気がやってきて、いくばくも経たない内に静かな寝息を立て始めた。

 浩誠は珂月が眠るまでそこにいた。
 穏やかな寝顔を見つめ、切なげに目を細める。

 浩誠は珂月のいろいろな顔を知っている。
 珂月が笑っているときも怒っているときも、父親を失ってひたすら泣いているときも、いつだって浩誠はそばにいた。
 浩誠は珂月のことならなんでも知っていた。
 オムレツの微妙な塩加減の好みまでしっかり把握している。

 浩誠は珂月のどんな表情も好きだが、特に無邪気な笑顔を見るのが好きだった。
 珂月の笑顔を妨げるものは、なんであろうと排除するつもりだった。

 しかし、いくらハンターを取りまとめる浩誠でも、ダラザレオスには敵わない。



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あきゅろす。
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