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サビイロ契約

34

 ドッグズ・ノーズの札がかかった浩誠の部屋をノックすると、すぐに飛鶴がドアを開けた。
 飛鶴は珂月を見て満面の笑みになった。

「おーう! いいところにー!」

 珂月に酒臭い息が吹きかけられた。

「……また昼間から酒盛りかよ」
「はい上がってー。おーいみんな! 珂月が来たぞー!」

 飛鶴は珂月の後ろにまわり、両肩に置いた手でぐいぐい押して中に入れた。
 リビングには浩誠を含めて五人のメンバーが集まっていた。
 酒の入ったグラスが散乱し、皿に盛られたつまみはろくに残っていない。
 野球拳でもしたのか皆一様に薄着で、すでに宴もたけなわだった。

「珂月! よく来たな」

 浩誠は普段の三割増しのいい笑顔で、珂月の手を引いて隣に座らせた。

「よーしよーし、お腹すいたか? 今日はたこの酢漬けが手に入ったぞ。お前これ好きだったろ? いっぱい食べろ」

 浩誠は珂月の髪をなでてぐしゃぐしゃにしながら、大皿を引き寄せて珂月の前に突き出した。
 珂月はまんざらでもなさそうな顔で、たこの薄切りをつまんで口に放りいれた。
 ほどよい酸味が効いていて、懐かしい味がした。

「おいしいか?」
「うん」
「そうかそうか。ほかに食べたいものはあるか? なんでも作ってやるぞ」

 珂月は頬をほころばせ、少し考えて言った。

「そうだなあ、浩兄が作ってくれるんならなんでもいいよ」
「はは、かわいいなあお前は」

 浩誠は顔を崩して珂月の頬を軽くつねり、待ってろと言い残してキッチンへ消えた。
 珂月はその背中を眩しそうに目で追った。
 やはり浩誠のそばは居心地がいい。

「はい珂月」
「さんきゅー」

 一人のメンバーが珂月に空のグラスを渡し、缶チューハイを注いだ。

「ではもう一回乾杯といきますか!」

 飛鶴が少しだけ中身の残ったグラスを掲げて言った。
 ほかのメンバーもそれに倣う。
 珂月もグラスをあげた。

「かんぱーい」
「かんぱーい!」

 いくつものグラスが乱暴に重ねられ、中身が少し飛び散った。
 五人は一斉にグラスをあおった。
 珂月は炭酸の抜けた桃味のチューハイを一気に喉に流しこんだ。

 顔を真っ赤にしたメンバーが満面の笑みで言った。

「ふはー、うんめえー! 徹夜明けにはこれだよなー!」
「パトロールって結構辛いよなあー。珂月い、慰めてー労わってー」

 とろんとした目つきの一人が身を乗り出して珂月に抱きついてきた。
 押しのけられた飛鶴は眉をつり上げた。

「てんめっ! 一人占めすんなばかやろー!」
「まあまあ」

 珂月は頬ずりしてくる酔っぱらいを支えながら笑った。

「いいよ別に。パトロールお疲れさま。その様子だとなにもなかったみたいだね?」
「平和だったよー。無駄足だったけど平和が一番だよなー」
「そうだね」

 珂月は抱きついてくるメンバーの背中ごしにたこをつまんで食べた。
 すでに体がふわふわして温かくなってきている。

「おーいなんか飛鶴が面白いことやるってよ」
「はあっ? んだよその無茶ぶりは!」
「そりゃいいや! 早くやれ! つまんなかったら一気な」

 そう言ったメンバーはすでにグラスに酒をついでスタンバイしている。

 酒も煙草と同じく貴重品なので、珂月たちは普段から水割りなどで量を稼いで飲んでいる。
 しかし、弱い酒でも飲めばスイッチが入ったようにテンションが高くなるのが、ドッグズ・ノーズの特徴だった。
 もはやアルコールではなく、雰囲気で酔っているようなものだ。

 メンバーにせがまれモノマネをした飛鶴だったが、馬鹿にされただけで終わってしまった。
 飛鶴はグラスの中身を飲み干した。

「あー床が揺れてるよー」

 飛鶴は珂月にもたれかかって目を閉じた。

「ここで寝るなー起きろー」

 珂月は飛鶴の頬を両側からつまんで引っぱった。
 引き延ばされた唇が細身のたらこのようになり、珂月は思わず吹きだした。

「ぶはっ、変な顔」
「笑うなよば珂月!」

 ひとしきり笑った珂月は、たこをもぐもぐさせながらメンバーに酒をついでまわった。
 皆にこにこしてグラスを差しだし、ありがとうと言っては珂月にも飲ませたりつまみを与えたりした。
 完全に子供扱いだが、それでも珂月は嬉しかった。



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あきゅろす。
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