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サビイロ契約

25

「わあっ」

 珂月はバイラの尻尾に腹をしたたかに殴られ、ビルの壁に叩きつけられた。
 衝撃で息がつまり、地面に手をついて咳きこんだ。
 生理的な涙が溢れて視界が曇った。

 遅れて駆けつけた三人の腕利きハンターは、暴れるバイラにのしかかってとどめを刺した。

 クロスボウを持った男は、肩で息をする珂月の前にしゃがみこんだ。

「おい、あんた、大丈夫か?」
「はあっ……だいっ、じょうぶ……ちょっと、背中打っただけ」

 男は毛虫のような眉をひそめ、息を荒げながら弱弱しく笑う珂月を見下ろした。

「あんたさ、勇気と蛮勇は違うぞ。頭がなくならなかったのはラッキーだったと思えよ」
「うん……」

 珂月が頷くと、男は呆れたように鼻を鳴らし、仲間のところへ戻っていった。

「あの、ありがとうございました……」

 腰を抜かしていた露天商が、遠慮がちに珂月に話しかけてきた。
 ろくに食べていないのか、がりがりに痩せた中年の男だった。
 薄いシャツとはき古したズボンを身につけ、商品らしい男物の上着を数着小脇に抱えている。
 仕事も家族もなく、危険を冒して自分の持ちものを売るくらいしか金を得る手段がないのだろう。

 珂月は笑って手を振った。

「いいよ、気にしないで」
「よければこれ、使ってください」

 露天商は持っていた上着を汚れをはたいて差し出した。

「いらない。大事な商品だろ。もっと金持ってそうな奴に売りつけろよ」

 珂月はナイフを鞘に収め、ゆっくり立ち上がった。
 動くと背中が軋んだが、歩けないほどではない。

「珂月いいい!」

 飛鶴を先頭に、ドッグズ・ノーズのメンバーが真っ青になって走ってきた。
 飛鶴は今にも泣きだしそうな顔で珂月に抱きつき、あちこち触りだした。

「てんめえまた無茶しやがって! どこも食われてないか? なくなったところはないか?」
「平気平気、だからあんまり……いてっ」
「どうした、どこ怪我したんだっ!」
「いや背中打っただけだから……あんま触るなってば」

 珂月は飛鶴の両肩をつかんで引きはがした。
 ほかの仲間たちも口々に心配の言葉をかけてきたが、珂月は大丈夫だと言い張った。

 珂月たちが話しこんでいるあいだ、センターの掃除屋たちが死んだバイラを黙々と片づけていた。
 しっかりと防護服を着こみ、数台のトラックにバラバラになったバイラの死骸を積みこんでいく。
 ハンターたちは運びやすいようバイラを解体していた。

「ずいぶん来るのが早いな。ああ、センターの本部がこの近くだからか」

 珂月が言うと、一人のメンバーが首を振った。

「いや、違う。あれは専属の掃除屋だ。あのハンターたち、沈める鐘だったんだよ」
「沈める鐘?」
「知らないか? あそこのビルが本社のでっけえハンター組織だよ」

 メンバーが指差したのは、全面を青いガラスに覆われた高層ビルだった。

「ああ、シンク・ベルのことか」

 ハンター組織シンク・ベルの名は、ハンターなら誰でも知っている。
 数多あるハンター組織の中で最も大きく、黒い噂の絶えない組織だ。
 そこに属するハンターは鬼のように強いが、粗暴な連中ばかりで、あちこちで問題を起こしている。
 だが大ごとになりかけるとシンク・ベルのボスが握りつぶすので、決して表沙汰にはならない。

 巨大組織にしてはハンターは自由だが、狩りに失敗すると罰されるか追放されるという。
 追放された者がどうなるかは、噂でしか知りえない。
 罰が恐ろしくて遠くへ逃げたシンク・ベルのハンターの話は、まことしやかに囁かれている。
 入ったら二度と出てこられない、弱肉強食の組織だ。

「あそこのボスはまだ若いが、いろいろやばいことに手を染めてるらしいぜ」
「あー、俺も聞いたことある」

 飛鶴が言った。

「バックに二十がついてんだろ? んでさ、ハントに失敗したハンターを保身のためダラザレオスに差し出してるとか……」

 声の大きい飛鶴の頭をメンバーがはたいた。

「おい、聞こえたらどうすんだ。そんなのただの噂なんだから、滅多なこと口にすんなよ」
「いってえな、わあってるよ」

 飛鶴は口を尖らせて腕を組み、バイラの撤去作業を眺めた。

 珂月は斧を軽々と持ち上げるハンターを目で追っていた。
 自分はどうやってもあんな体格にはなれない。
 ダラザレオスやバイラに対抗したくとも、珂月の細腕ではたかが知れている。

 ふと、オープンカーの運転席に乗った眼鏡の男と目が合った。
 スーツに身を包んだ清潔そうな男は、ハンドルに片手を置いてじっと珂月を見ている。
 どうやらずっと見られていたようだ。
 近眼なのか目を細めていて、睨まれているように感じられる。
 居心地が悪くなった珂月は、そっと飛鶴の影に隠れた。


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