24 ドッグズ・ノーズはバイラに向かって走り出した。 逃げてくる人々に声をかけながら、低空飛行して獲物を探しているバイラを睨みつける。 数が多く、少なくとも十体はいる。 どれも爬虫類系の姿をしていた。 バイラはばらけて狩りを始めた。 バイラのスピードからすれば、人間の走る速度なんて取るに足らないものだ。 一体の真っ黒いトカゲのようなバイラが、一人の青年を二本の前足で捕まえて空に舞い上がった。 「くそっ!」 飛鶴のナイフも届かない。 もがく青年をしっかり握りしめ、バイラは空に消えた。 珂月は自分のふがいなさに歯ぎしりした。 彼らの前では、人間はなんて無力な存在なのだろうか。 さらに一体のバイラが、逃げ遅れたスーツの男を捕まえて飛翔した。 珂月たちのいるところに来てくれれば倒せるのに、離れていては手も足も出ない。 「てめえらあ! 降りてきやがれえっ!」 飛鶴は半ばやけくそになって喚き散らした。 珂月は自動車のエンジン音を耳にして振り返った。 二台のオープンカーが猛スピードでこちらに突っこんでくる。 「危ない! よけろ!」 メンバーはすぐに気づいてさっと道を空けた。 珂月は上ばかり見ていた飛鶴の襟首をつかんで歩道に避難した。 白のオープンカーは珂月たちなど目もくれず、爆走してバイラに突っこんでいった。 続いて銀色のオープンカーがやってきて、こちらは珂月たちのすぐそばで停車した。 後部座席には筋骨隆々の男が三人詰めこまれていて、一人が武器を構えている珂月たちを見て言った。 「なんだあんたら、ハンターか?」 珂月が頷くと、三人は笑いながらドアを飛び越えて降りてきた。 「ガキは引っこんでな」 三人は座席から得物を取り出し始めた。 珂月が見たこともないような武器ばかりだ。 ダラザレオスほども身長のある黒づくめの男は、太い腕でクロスボウを構え、迅速に狙いを定めて射った。 矢は降下してきた一体のバイラの首に刺さった。 刺さると電撃が走る仕組みになっていたようで、バイラは痙攣しながら落ちてきた。 「はい、いらっしゃい」 巨大な剣を携えたハンターはバイラにのしかかり、胸に剣を深々と突き刺した。 とどめに斧を持ったハンターが首を切り落とした。 まるで解体ショーでも見ているような鮮やかさだった。 「すげえ……」 飛鶴は口をぽかんと開けて呟いた。 同じハンターでも、珂月や飛鶴たちとは格が違う。 数人がかりで一匹を仕留めるドッグズ・ノーズとはまったく異なるスタイルだ。 一人一人が洗練された技量を持っていて、人数で戦力をカバーするのではなく、個々が決まった役割を担い、効率的に敵を倒していく。 流れ作業のようにスムーズだった。 手慣れた彼らの手で、ばたばたとバイラは息絶えていく。 珂月たちにすることなどなく、ただ見ているしかできなかった。 敵わないと判断したのか、傷ついたバイラは甲高い声でハンターたちを威嚇しながら退散していった。 バイラは普通の動物とは違い再生能力が高く、多少の傷では死なない。 心臓か頭を貫かなければ、しばらくすると復活してまた襲いかかってくる。 逃げていくバイラに、ハンターたちはなにもしなかった。 ダラザレオスの世界に行かれては手の出しようがないし、この場が落ち着けさえすればいいのだ。 珂月は一体のバイラが低空飛行していることに気がついた。 少しは場馴れしている珂月はすぐにわかった。 あの構えは逃げるときのものではなく、獲物を捕まえるときのものだ。 ビルとビルの隙間で、逃げ遅れた露天商が物陰に身を潜めていた。 バイラは彼を狙っている。 「珂月!?」 珂月は迷わず駆けだしていた。 巨大なトカゲにしか見えないバイラは、どういう仕組みなのか音を一切立てずに滑空している。 珂月が露天商に走り寄るのと、バイラが前足を突き出して上空にやってくるのはほぼ同時だった。 珂月は恐れおののく露天商の前に立ち塞がり、下半身に力をこめてナイフを強く握りしめた。 バイラは狭いビルの隙間には入らず、手前で着地すると歯をむき出して珂月に近づいてきた。 珂月の頭を噛みちぎりそうなほど、間近に接近してくる。 バイラは低く喉で呻っている。 珂月は恐怖に舌と口蓋がくっついたが、食われることはないと自分に何度も言い聞かせた。 座りこみそうになる足を奮い立たせ、一歩前へ出てナイフを顔の前で薙いだ。 耳障りな悲鳴をあげてバイラがのけ反った。 閉じた両目からどす黒い液体が流れ出ている。 爬虫類系のバイラの皮膚は硬いが、目だけは柔らかい。 視力を失ったバイラはめちゃくちゃに暴れ始めた。 ←*|#→ [戻る] |