23 珂月は飛鶴や数人のドッグズ・ノーズのメンバーと共に、電車に乗って新宿の闇市に買い出しに来ていた。 新宿もかつての賑わいはなく、立ち並ぶ高層ビルのほとんどは無用の長物で、ところどころ破壊された暗い窓の羅列は墓標のようにも見える。 駅前のロータリーは一台の車も通らず、車道はカラフルに落書きされている。 百貨店はショーウインドウが割られ、商品は根こそぎ強奪されている。 店内には勝手に住み着いている者さえいる。 珂月はたまにここへ買いものに来るが、絶対に一人では来ない。 治安の悪さは東京一で、珂月のような華奢な少年は格好のカモにされること請け合いだ。 背後に気をつけながら買いものをしたくなければ、複数で来るのが一番だった。 闇市は駅からそのまま続く地下街にたくさん出店している。 シャッターの降りた店舗に掲げられた看板には、二年前までよく見かけたファッションブランドや、時計店や雑貨店の名前が連なっている。 しかし、今では一癖も二癖もありそうな男たちが行き交い、様々な刃物や鈍器になりそうなものが売られている。 生活雑貨や食料などの消耗品を売る者もいれば、違法なものを売る者も多い。 珂月は浩誠に渡された買いものメモを見ながら、商品を品定めした。 「飛鶴、折り畳みナイフめっちゃ値上がりしてる」 「しょうがねーよ、今は使われるばっかでほとんど生産されないんだから。輸入はゼロに等しいし。島国でなけりゃ、もっと流通があったんだろうけどよ」 飛鶴は青いトレーナーのポケットに手を突っこみ、かったるそうに言った。 「でも買ってかなきゃなあ……」 一人のメンバーが言った。 「命と金だったら、命の方が大事だもんな。しゃあねえ」 「武器がなけりゃーハンターやってけねえもんなー」 メンバーたちは愚痴りながら広い地下街を練り歩いている。 地下はバイラに襲われることがないので、都心で唯一安全な場所だ。 その分人も多いので、バイラより悪漢に気をつけなければならない。 「ねえ、これもうちょい安くならない?」 珂月は一人の露天商の前にしゃがみこみ、大型のハンティングナイフを指差した。 本来の価格の何十倍という法外な値段がつけられている。 紙幣の価値は下がる一方で、今や紙切れ同然だった。 無精ひげを生やした二の腕のたくましい露天商は、珂月を値踏みするように見上げ、黄色い歯をむき出して笑った。 「ならねえよ。これでも十分売れるんだから」 「そこをなんとか。ほかのもいくつか買うから」 「だめだ。買わねえならさっさと失せろ」 「お願い、助けると思って。あんたのが一番質がいいんだよ」 露天商はじゃあ、と考えるそぶりを見せ、 「あんたと交換なら、売ってやるよ」 と、珂月を指差して至極真面目に言った。 すかさず仲間たちが珂月を露天商から引き離す。 「なに言ってんだおっさん。珂月はやらねえよ」 「だめか? 一週間でもいいぞ?」 「一週間か……」 「考えるなよ」 珂月は飛鶴の脇腹を小突いた。 「おーい、もう全部見たぞ。あっちは薬しか売ってねえ」 奥から戻ってきたメンバーが言った。 この網の目のように広がる地下街を巡っても、欲しいものは少ししか手に入らなかった。 「外、行くか?」 「しょーがねえな」 一行は階段を上がって地上に出た。 薄暗い地下にいたせいで日差しが眩しく、珂月はしばらくなにも見えなかった。 視力が戻ってきたかと思えば、おかしなものが目に飛びこんできた。 「ん? あれって……」 ビルの隙間を縫って、なにかがこちらへ飛来してくる。 このご時世、ヘリコプターやハングライダーが飛んでいるわけがない。 「バイラだあああ!」 誰かが叫んだ。 その一言で、地上はパニックになった。 露天商は慣れた様子で店をたたみ、冷静に逃走ルートに沿って逃げていく。 たまたま居合わせた戦うすべを持たない買いもの客たちは、悲鳴を上げて闇雲に駆けだした。 皆動転していて、衝突してひっくり返る者や、隠れられる場所から離れていく者もいる。 騒ぎに乗じて荷物をひったくる輩までいた。 珂月と飛鶴は顔を見合わせ、武器を手にとった。 「行こう!」 #→ [戻る] |