17 腕時計を見ると、午後八時をまわったところだった。 夜は闇にまぎれてバイラがやってくることがあるので、外を出歩くのは腕に自信があるハンターくらいなものだ。 駅前の大通りまで来ると、ぽつぽつと店が開いているので、わずかながら人通りがある。 両脇にダラザレオスを連れている珂月は、冷や汗を禁じえなかった。 すれ違う男たちの視線が痛い。 フードで顔を隠しているアスタルトはただの不審人物だ。 一方ルザは黒のタンクトップにこげ茶色のシャツを羽織り、ズボンの上にいかついブーツをはいて、堂々と顔をさらしている。 ルザはダラザレオスならではの色素の薄い頭髪ではないので、一見したかぎりでは人間と区別はつかない。 だが到底日本人には見えない顔立ちをしているので、明るいところで見ればすぐに気づかれるだろう。 真ん中を歩く珂月はどの角度から見ても日本人だが、小柄で華奢な少年はこの時間帯に出歩く人種ではない。 明らかに場違いな三人組だった。 珂月は黙って歩くルザをこっそり見上げた。 今までたいして気に留めていなかったが、どうしてルザは黒髪なのだろう。 珂月はこの二人以外のダラザレオスに会ったことはないが、ダラザレオスは金髪か銀髪というのが通説だ。 それを目印にしている人も多い。 「おい、どこまで行きゃあ気が済むんだ。なんでわざわざ歩かなきゃいけねえんだよ。めんどくせえ」 ルザが言った。 目をきらきらさせて周囲を観察していたアスタルトは口を尖らせた。 「いつもバイラに乗ってばかりいたら下半身なまるよ。いいじゃない、こうやってのんびり人間の暮らしを見てまわるのもさ。 珂月がいるとダラザレオスだって思われにくいからいいねえ」 「人間だと思われてるなんて虫唾が走る。勝手にじろじろ見やがって、あいつらの目玉をくりだしてやりてえ」 「そんな怖いこと言ってると珂月が怯えちゃうよー」 珂月は苦笑いする余裕もなかった。 「ねえ珂月、あれなに? お店? いい匂いがする」 アスタルトが路地の一画を指差して言った。 珂月はどきりとしたが、そこがバーだったので、いい匂いとは酒のことだと理解した。 シャッターの降りた店舗の脇の、地下へ続く階段の入り口に、イーゼル型の看板が出ていた。 黒い板に白いペンキで大雑把に店の名前が描かれている。 「店だけど、あそこへは入れないよ」 「なんで」 「一見客お断りのバーだから。それにハンターの巣窟だからすぐ気づかれるよ」 「えー大丈夫だって、バーってお酒出るところだろ? 人間って結構おいしい酒持ってるよね。ちょっと寄ってこうよ」 「だめだって!」 ふらりと階段に近づいたアスタルトを、珂月は慌てて押しとどめた。 「なんでよ。大丈夫だってば、ちょっとお酒もらってすぐ戻ってくるから」 「金もないのにどうするんだよ! 脅して強奪とかはやめてくれ! お願い!」 珂月はアスタルトの腰にしがみついて引きとめた。 アスタルトは上目遣いで困り果てた表情の珂月に頬をゆるませた。 「あっはっ、かあわいいー!」 「むぎゃっ」 唐突に抱きつかれ、珂月はじたばたもがいたがアスタルトの拘束は解けなかった。 「あー今のなんか下半身に来た。やっばいなこの子」 「その辺にしろよ」 ルザはアスタルトの腕を強く握りしめた。 珂月に同じことをしたら骨が折れるほどの力だ。 さすがのアスタルトも顔を歪めて珂月を解放した。 「なんだよ……心が狭いですよ閣下」 「お前にその呼びかたされると腹立つからやめろ。珂月にあんまりべたべたするな。お前の匂いがつく」 「ふふっ、僕の匂いついてたら抱くとき気になっちゃう?」 「黙れ」 珂月はくしゃくしゃになった髪を整えながら、二人の会話を聞き流していた。 閣下ってなんのことだろう? 「とにかく、もう帰るぞ。いいな」 ルザはアスタルトの返事を待たずに踵を返した。 珂月はそのあとを追いながら後ろを振り向くと、アスタルトもぶつぶつ言いながら着いてきた。 ◆ ←*|#→ [戻る] |