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サビイロ契約

10

「無事だったんだから、そんなに怒ることないじゃん」
「それよりもほめてやりなよ。さっきの珂月すごかったじゃねえか」

 浩誠は憤まんやる方ない様子だったが、メンバーに諭されてなんとか怒りを収めた。
 車のかわりにパーキングに横たわる小山のような死骸を見やり、ため息を一つ落とすと無線機を取り出しチャンネルを変えた。

「あー、もしもし、こちらドッグズ・ノーズだ。センター、聞こえるか?」

 短いノイズのあと、応答があった。

「こちらバイラ総合管理センターだ。聞こえる。どうぞ」
「バイラを三体やった。回収に来てくれ。場所を今から言う」

 すらすらとやり取りを交わす浩誠を見上げていた珂月の肩を、飛鶴がやってきて叩いた。
 飛鶴のいつも元気に跳ねている茶髪は、汗と動き回ったせいでぐしゃぐしゃになっている。

「よっ。怒られてやんの」
「うるさい」
「ま、ありゃあ怒るよなー。どう見ても無茶だったし。でもすげえな、お前一人であのでっけえの倒しちまったようなもんだぜ」

 メンバーは頷いてかわるがわる珂月の肩を叩いた。

「いつの間に強くなったんだ? え?」
「よく頭から食われなかったよなあー。俺心臓とまるかと思ったぜ。なにやったんだよ」
「さあ……」

 珂月は曖昧に濁した。

「それより、おれのナイフは? 折れてない?」

 珂月は仲間たちの輪から抜け出し、バイラの死骸に近寄った。
 丸まった手足の隙間に愛用のサバイバルナイフが刺さっているのが見える。
 渾身の力をこめてひっこ抜くと、緑がかった体液が流れ出てきた。
 ナイフの刃にもべっとりと付着していたので、バイラの皮膚にこすりつけて取り除いた。

 メンバーたちが使った武器の回収にいそしんでいると、四駆と小型トラックがやってきた。
 乗っているのは深緑の防護服に身を包んだ男たちで、車から降りてくると浩誠がさっと歩み寄って応対した。

 彼らはバイラの死骸を片づける掃除屋であり、退治したハンター組織に金を払う雇い主の役割も担っている。
 倒したバイラの数と種類・被害状況・属する組織の貢献度によってもらえる金額は変わってくる。
 その場で換算した金額を証明書に書きこんでハンターの代表者に渡し、後日管理センター本部に証明書を持って出向き報酬を受け取る、というシステムだ。

 三体の死骸をトラックに積み終えると、センターの男は証明書を切り、黙って浩誠に渡した。

「どーも。ご苦労さん」

 浩誠はにこやかに礼を言ったが、男はなんのリアクションも示さなかった。
 もっとも、顔全体をマスクで覆っているので、笑ったとしても誰も気づかないだろうが。

 彼らは滅多に口を開かない。
 珂月はセンターの人間が苦手だった。
 どことなく、気味が悪い。


   ◆


 家に帰ると、珂月は全身鏡の前でシャツのボタンを外し、貧弱な胸板をじっと見つめた。
 鎖骨の下から左胸にかけて、墨を垂らしたように鮮やかな文様が描かれている。
 横を向いて吠える獣は、よく見るとダラザレオスが好んで騎乗する狼型のバイラだった。
 まっすぐ切られた首の断面には滴る血が描かれている。
 バイラを囲むように絡み合う茨は、珂月の体を侵食しようとしているようにも見える。

 これがあるから、ルザ以外のダラザレオスに使役されるバイラは珂月を襲えないのだろうか。
 他人の所有物に手出しをしてはいけないというルールがあるのかもしれない。

 だからルザはこの印をつけた夜、珂月に「生かしてやる」と言ったのだ。
 これがあるかぎり、バイラの脅威にさらされることはない。

 珂月の命はルザに握られている。
 体を流れる血も、髪の毛の一本に至るまで彼のものだ。
 彼の許しがないかぎり、珂月は死ぬことすら許されないのだろうか。

 珂月はそのままベッドに飛びこんだ。
 大の字になり、見慣れた天井を見上げた。

 珂月は寝る前にいつも上体起こしをして腹筋を鍛えている。
 まだ寝ちゃいけないと目をこするが、手足が鉛のように重い。

 結局、昼間の疲れから珂月はすとんと眠ってしまった。



 首筋にひやりとしたものが当てられ、珂月の意識は急激に浮上した。

「んん……えっ!?」

 仰向けに寝ていた珂月の上に、ルザがまたがってにやにやしていた。
 左手を珂月の頭の横につき、右手で細い首をつかんでいる。
 珂月は慌てて首にまわされた手を両手でつかんだ。

「なっ、なにしてんだよ!」
「こんな格好で寝といて、食ってくれって言ってるようなもんだぜ」

 いくら力を入れてもルザの手はびくともしない。
 ルザははだけられた胸を指でなぞり、愛しげに所有の印をなでた。



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