サビイロ契約
9
上空ばかり見ていた飛鶴は、呼ばれてはじめて増援に気がついたようだった。
珂月を見てほっとした笑みをもらす。
「珂月、リーダーも! よかった、俺たちだけじゃ無理だったよ。こいつら舐めやがって、ちっとも降りてきやしねえ!」
飛鶴は地団太を踏んでがむしゃらにナイフを振り回した。
一体のバイラが旋回するのをやめ、吠えながら近づいてきた。
「来るなら来やがれ!」
飛鶴はポケットから小型のナイフを取り出し、足を突き出してきたバイラに投げつけた。
ナイフは足の付け根に刺さり、バイラはだみ声で悲鳴をあげた。
ナイフは刺さると抜けなくなるしかけがしてあり、グリップには頑丈なロープが取りつけられて飛鶴のベルトに繋がっている。
飛鶴と珂月はロープに手を絡ませてしっかりと持った。
「せえのっ」
二人は息を合わせてロープを引いた。
バイラはしぶとく、なかなか地に落とせない。
だが飛翔できなくさせただけでも十分だった。
手の届くところでもがくバイラを、仲間二人が囲んでナイフで切りつけていく。
ロープで手が塞がっている珂月と飛鶴のもとに、もう一体のバイラが牙をむき出して突進してきた。
ロープを離そうにも手に絡みついて離れない。
珂月は思わず目を閉じて顔をそむけた。
バイラが珂月を捕えようと足の爪を開いたとき、浩誠が横から捨て身タックルをした。
バイラと共に地面に転がった浩誠は、前転して衝撃を殺すとさっと立ち上がった。
激昂したバイラは浩誠に狙いを定める。
「浩兄っ!」
「お前は自分の心配してろ!」
浩誠は珂月に一喝して仲間を呼び寄せ、バイラを囲んだ。
バイラは三体とも地面に降りている。
浩誠は目の前のバイラだけに集中するようメンバーに指示した。
ロープで動きを封じられたバイラは、懐に飛びこんだ仲間の一撃で心臓を突かれて横ざまに倒れた。
全身を痙攣させていたが、ふつりと静かになった。
開いた口から長い舌がだらりと垂れている。
珂月はロープから手を離した。
強く食いこんでいたせいで、甲に赤い模様ができてしまっている。
「いてて……」
飛鶴も真っ赤になった手をさすっている。
「さんきゅーな、珂月」
珂月は口角を上げて頷き、浩誠たちが対峙しているバイラに顔を向けた。
浩誠にタックルされたせいでかなり気が立っていて、しかもほかの二体より一回り近く大きい。
「あ、珂月っ」
珂月は浩誠を助けるべく、背後からバイラに近づいていった。
地面を滑る鋭利な尻尾に注意しながら、サバイバルナイフを強く握りしめる。
メンバー二人を斜め後ろに配置した浩誠は、近づいてくる珂月を見ると必死に手で空中をかいた。
来るなと言いたいらしい。
珂月はゆるく首を振った。
不意にバイラが珂月のほうを向いた。
巨体に似合わぬスピードで方向転換して珂月に向かってくる。
珂月はびっくりして地面に根が生えたように突っ立った。
まさかこちらにやってくるとは思わなかった。
「珂月いっ!!」
浩誠が絶叫した。
珂月は顔の前でナイフを持った。
バイラの顔がどんどん近づき、口にずらりと並ぶ牙の本数も数えられそうだ。
真っ黒な瞳は一片の光も照らさない。
食われる。
珂月は避けることも忘れていた。
だがバイラは珂月の目と鼻の先に来ると、ぴたりと動きを止めた。
低く唸りながらわずかに首をかしげて珂月を観察している。
珂月はくさい息がかけられると我に返り、身をかがめてバイラの腹の下に潜りこんだ。
そして、柔らかそうな腹部にナイフを根元まで突きたてた。
バイラは苦しそうな叫び声をあげて天を仰いだ。
バランスを崩し、よろめいたかと思うと派手に倒れこんだ。
危うく下敷きになりかけた珂月を、すんでのところで浩誠が抱きあげて離れさせた。
のたうちまわるバイラを、三人がかりでとどめを刺した。
残る一体も倒され、にわかに静けさが戻ってきた。
珂月はしばらく浩誠に抱きあげられたままだった。
やっと地面に下ろされてほっとしたのもつかの間、左頬に鋭い痛みが走った。
「馬鹿野郎! 死ぬとこだったぞ!」
浩誠に頬を張り飛ばされたとわかるまで、時間がかかった。
「お前はまだ弱いんだから、勝手な真似はするなって言ってんだろ! 一回死なないと学習しないのか!?
俺のチームにいたいなら俺の言うことを聞け!」
「まあまあ、リーダー」
目をつり上げて怒る浩誠を、集まってきたメンバーがなだめた。
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