サビイロ契約
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「よかった。これで胸を張って帰れる!」
「ああ。よくやったな。これだけ連れて帰ればお前もしばらく休みが取れるだろ」
「そうだな」
二人は鼻をくっつけ、どちらからともなく笑った。
村人たちの行動は素早かった。
ルザが珂月の置いてきたリュックサックのところまで飛んでいって帰ってくるまでのあいだに、おおかたの村人たちが荷物を家の外に出し終えていた。
彼らの荷物は質素そのものだった。
衣類は季節ごとに数点のみで、あとは鍋や保存食料の瓶や布団など、必要最低限の生活必需品ばかりだった。
男たちは肩に鍬など農作業用品をかつぎ、女たちは子供の服やおもちゃを抱えている。
珂月はこれなら街についたあと、あれこれ贅沢品を要求される心配がないなと心の中で笑った。
ルザは頬袋のあるバイラをたくさん呼び出し、村人たちに口の中に荷物を入れるよう指示してまわった。
村人たちは初めて近くで見るバイラに最初は脅えていたが、バイラたちが口を大きく開けて大人しく待っているので、こわごわ近づいて荷物を口に放りこんだ。
珂月は蝋燭や薪など必要のないものも持っていこうとする村人に、荷物を選別するよう説得してまわった。
斎珪の荷物は、先祖代々伝わる剣や祭事用具などかさばるものがやたらあったせいで、村人たちに比べてかなり多かった。
大事なものだと言い張られ、珂月はしぶしぶ一体のバイラを斎珪と従者二人のためだけに用意した。
すべての準備が整ったのは、正午を過ぎるころだった。
珂月とルザは狼型バイラに一緒に乗り、村人たちは家族ごとに比較的騎乗しやすいバイラにまたがった。
一行は青い空に一斉に飛び立った。
◆
空は快晴で風もなく、一行の旅は順調だった。
日が地平線に差しかかるころ、ようやくルザの統治する街、陣海が見えてきた。
かつて近未来都市として開発された市街地だが、企業の倒産で開発が中途半端に終わり、ろくに人の集まらない廃墟都市だったところを改装した街だ。
今では街路樹も植えられ、緑豊かな美しい街になっている。
陣海の中央には市庁舎が建っている。
一行は市庁舎の駐車場に舞い降りた。
無線機で連絡を受けていた金髪のダラザレオス、アスタルトが珂月たちを出迎えた。
「や、珂月! 無事でよかったー」
ルザに抱えられて地面に降り立った珂月はアスタルトに大きく手を振った。
「ただいま!」
「もー、俺珂月ちゃんのことずっと待ってたんだよ!」
「ああ、心配かけてごめんね」
「……俺に挨拶はなしか」
ルザが渋い声を出したが、アスタルトは構わず珂月に話しかけた。
「それで、この人たち全員そうなわけ? すごいな、大漁大漁。うまそうな奴いるかなあ」
「しーっ、ちょっと、変な言い方しないでくれよ。山のふもとに隠れてた村の人たちで、外部の奴にすごい敏感なんだから。少し変わってるけど、うまく頼むよ」
「了解、任せてくれ」
アスタルトはウインクしてから、興味深そうに市街地を見渡す村人たちのほうへ颯爽と歩いていった。
「ようこそ皆さん! これから住民登録を行うから、皆俺に着いてきてくれ!」
こわごわと言った様子の村人たちを連れ、アスタルトは市庁舎に入っていく。
最後にルザと珂月が入り口の扉をくぐった。
駐車場に残されたバイラは地面に転がったり日向ぼっこをしたり、頬袋から村人たちの荷物を吐き出したりし始めた。
市庁舎の玄関ホールは三階までの開放的な吹き抜けで、窓から温かい日の光がさんさんと差しこんでくる。
慣れた景色に珂月はようやく帰ってきた実感がわき、中央の円柱を囲むようにすえられたソファにごろりと横になった。
ルザは珂月の頭の横に座り、愛しげに恋人の髪をなでた。
珂月は気持ちよさそうに目を細めた。
二人がのんびりしているあいだに、窓口で村人たちは手続きをすべて終了してホールに集まってきた。
珂月はぽんと跳ねるようにソファから飛び降りた。
「ご苦労さまです! じゃ、今から係の者が新居へご案内します。すぐバスが来ますから外でお待ちくださいませ」
村人たちが大人しく外に出て行く中、一人珂月に近づく者がいた。
斎珪だった。
「おい、なんで俺も村の連中と同じ扱いなんだ? これでは威厳が出ない。村の者たちに斎珪の威光を伝えることができないぞ」
「え?」
珂月は面食らって斎珪の冷たい顔を見つめた。
「だめですか? 斎珪さまはこの村の主だと伝えておいたので、ちゃんと村長として認められると思いますけど」
「斎珪はただの村長じゃない。村を守る特別な力が備わっているんだ。なのに俺は村人と同格扱いで、お前と同じではないじゃないか」
「おれと同じ、って?」
「俺は、ここに来ればお前のような扱いを受けられると思っていた。巴蛇を従え、巴蛇使いと同じ待遇を受けられるものと――」
斎珪が低い声で訴えるのを、ルザの笑い声がさえぎった。
ルザはひとしきり笑うとソファによりかかったまま、顎を突き出して斎珪に視線をやった。
「お前、なにか勘違いしてねえか? お前が珂月と同じ扱いされるわけねえだろ。珂月は俺のもので、特別だ。でもお前はただの人間なんだよ。うぬぼれるな」
斎珪は目を見開き、カッと顔を赤く染めた。
「ただの人間だと!」
「人間だろ。お前はこれから俺たちの管理下に置かれるんだ。黙って俺たちの言うことを聞けよ」
村人たちが聞いたら早速反乱が起こりそうな言い草だったが、玄関ホールにいるのは珂月とルザと斎珪の三人だけだ。
村人たちはもう外でバスに乗りこんでいる。
「ここにいる奴を俺たちのバイラは襲わねえ。それだけでもありがたく思えよ。あの村のボロ家よりずっとましな家を用意してやって飯も保証してやるんだから、文句ねえだろ。あ?
気に入らないなら、てめえ一人で出てけ。外でバイラに食われても、俺は知らねえよ」
斎珪のさらに上を行く唯我独尊ぶりに、弁の立つ斎珪も言葉がないようだった。
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