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サビイロ契約

112

 ルザは珂月の肩をつかんで体から離し、半眼で珂月の顔をのぞきこんだ。
 泣き顔で見上げてくる珂月になにやら悟ったのか、珂月を離して周囲に散らばる村人たちのほうへ歩いていく。
 バイラに取り囲まれ硬直している村人たちは、ルザが近づいてくるとかわいそうなほど震えて目を合わせまいとした。
 ルザは品定めするように村人たちを一人一人見て回り、最後に斎珪に目を止めた。

「てめえだな」

 まっすぐ斎珪に歩み寄ったルザは、蒼白になった斎珪の上着をつかんで引き寄せた。

「死ね」

 その言葉で珂月は慌ててルザに駆け寄った。

「待って待って! 殺しちゃだめだ!」
「ああ? こいつはお前に触ったんだろ? 死んで当然だ」
「待ってってば! 確かに触られたけどさ、なんというか、事故みたいなものだから! おれが進んでそうしたわけじゃないから、とにかくやめてくれ!」

 珂月の必死の説得に、ルザはしぶしぶ斎珪から手を離した。
 珂月は胸をなでおろした。

「……そもそも、なんでお前、こんなところにいるんだよ。寄り道してたなんて言うんじゃねえだろうな」

 ルザが振り返って言った。
 珂月はああ、と笑って頷いた。
 ルザが迎えに来てくれた今となっては笑い話にもなる。

「山越える前に朝になっちゃったから、この近くに降りたんだ。そしたらうっかりバイラをここの人たちに殺されちゃって、帰るに帰れなくなっちゃったんだ」
「はあ? なにやってんだよお前……。てっきり俺は街で契約案蹴られてダラザレオスの仲間だからって監禁でもされてんのかと……。あの街をどれだけ探したことか」
「ごめん。おれのミスだ」

 ルザはため息をつき、うなだれる珂月の頭を手で乱暴にかき回した。

「じゃあ今から目標まで行かなけりゃいけないのか……めんどくせえ……」
「あ、それなんだけどさ」

 珂月はぱっと顔をあげて人差し指を突きだした。

「おれに提案が。ちょっと耳貸して」

 珂月は少しかがんだルザの耳元で囁いた。
 村人たちは大人しく珂月たちの行動を見守っている。

「あのさ、ルザが今殺そうとした人、斎珪って言ってこの村で一番偉いんだ。この人のことを皆盲目的に慕ってる感じでさ。
だから、斎珪が村を離れるって言ったら、ここの人たち皆ついてくると思うんだけど」
「……ここの奴らをかわりに連れて帰るってのか? こんな連中を?」
「確かに見た目はださいけどね。でも閉鎖的な環境に慣れてるから、すぐおれたちの街にも慣れると思うんだ。ほかを知らないから逃げ出そうとも思わないはずだよ」

 ルザはしばし思案していたが、それもそうだな、とあっさり承諾した。
 珂月の捜索で疲れており、すぐにでも帰りたい気持ちが強かったようだ。

「でもその偉い奴を説得できなきゃ意味ねえだろ」
「そこをなんとかがんばるんだよ。おれたち二人で、ね」

 珂月はルザの肩をたたいて言った。
 ルザは腕組みをし、しぶい顔で顎を突き出し斎珪を示した。
 お前がやれ、と目が言っている。

 珂月は一つ頷くと、斎珪の前に立った。
 斎珪は珂月に見つめられると少し顔をのけぞらせて怯んだ。

「斎珪さま。ちょっとお話したいことがあるんですけど。こっちに来てくださいません?」

 言いながら斎珪の腕をつかんで引っ張る。
 斎珪は躊躇したが、うんともいいえともつかない声をあげて珂月に従った。
 ルザは不安そうにする村人たちに指を突きつけた。

「いいか、お前らはここで黙って待ってろ。ちょっとでも動いたらバイラどもに食わせるからな」

 珂月は斎珪の腕を引いて近くの民家に入った。
 ルザも続いて中に入り、ドアを閉めた。
 黒ずんだ木製のドアは乱暴に閉められて少し傾いた。

 珂月は狭い玄関を土足であがり、台所へ続く短い廊下に正座した。
 斎珪は促されて珂月の正面に正座した。
 ルザは玄関で立ったまま壁によりかかった。

「斎珪さま。そういえばおれ、きちんと自己紹介をしてませんでしたよね」

 珂月は自分の胸に手を当てた。

「おれは藤里珂月、陣海(じんかい)の管理局からやってきました。陣海はご存じですか?」

 斎珪は不服そうに眉根を寄せ、ゆっくりと首を振った。
 自分の知らないことを他人に教えられるということが気に食わないようだ。

「知りませんか? ふうん、本当にここは閉鎖された村なんですね。巷じゃ結構浸透してきてる街なんですけど。
ああ、街というくくりに入るかは曖昧ですが……とりあえず便宜上、街って呼んでます」

 珂月は斎珪の緊張をほぐそうと、なるべく営業スマイルで言った。

「陣海はダラザレオス……あなたがた風に言うと、巴蛇使いが管理している自治都市です。そこでは普通にダラザレオスが暮らしています。
バイラもいます。あと人間もたくさん暮らしています。驚かれました? ダラザレオスと人間が一緒に暮らす街なんですよ」

 斎珪は緊張のあまり無表情のまま、質問すら浮かばない様子だ。

「陣海を運営しているのはダラザレオスです。このシステムを考え出したのはそこにいるルザでしてね。
彼はダラザレオスの軍隊の指揮官だったんですけど、向こうで貴族の生活するよりこっちで暮らしたいから、うまく理由をつけてずっとこっちにいられるようにしたんです。
今ではそこの領主です。まあ個人の勝手な理由がもとで始まった企画なんですけど、結構好評で、今じゃどんどん規模が広がっていって、街じゃ収まりきらないほどになってます」

「どうして……巴蛇使いと人間が一緒にいられるんだ? お……襲われないのか?」


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