サビイロ契約
8
二年前、空を埋めつくすほどの化けものが世界各地に現れた。
化けものの姿は多種多様で、角の生えた巨大な狼や、尾が三つに分かれた大蛇や、生きものには形容しがたいものまでいた。
どの化けものにも翼はついていなかったが、空中を自在に飛びまわることができた。
その背に乗り、化けものを操っていたのがダラザレオスだ。
彼らは人口密集区を狙ってやってきて、逃げまどう人々を片っ端から食い殺していった。
ダラザレオスは血を吸い、残った肉体はすべて化けものが食らいつくした。
世界はこの危機に立ち上がった。
のちに「世界狩り」と呼ばれる凄惨な生存争いだ。
現代兵器も星を壊さない程度にしこたま使われた。
しかし、人間の持てる技術すべてを駆使しても、いくらでも湧いてくる化けもの相手では、それほど長く持たなかった。
唐突に世界中にやって来られたため、対策を取るのが遅れたことも大きな敗因だった。
人間が抵抗する力をなくしたとわかると、ダラザレオスは攻撃の手を止めた。
彼らは自らを高潔なダラザレオスの一族と名乗り、化けものたちをバイラと呼んだ。
これからは共に生きてゆこうと言い残し、彼らは空に帰っていった。
共に生きてゆく、とは、ときどき狩りに来る、という意味だった。
世界狩りのような大規模な襲来はなくなったが、人の集まるところにバイラがふらりと現れては人をさらっていくようになった。
さらわれた人間は二度と戻って来ない。
ダラザレオスは滅多に姿を現さないが、気まぐれに現れては目をつけた人間を狩っていく。
生き残るため、人間はバイラと戦わざるを得なくなった。
そして、バイラ退治を生業とする者がでてくるようになる。
ハンターの誕生である。
ハンターはコミュニティーを作り、無線機でやりとりしながら襲ってきたバイラを退治する。
ハンターの組織は、ドッグズ・ノーズのような小規模なものから、大企業のようなものまで多岐にわたる。
小規模な組織は制約がなく小回りが利くが、要人や施設の警備などの仕事はなかなかまわってこない。
巨大な組織になると収入はぐんと上がる分、失敗は許されず管理された生活を送らねばならない。
文明社会は崩壊し、人々は都会を離れて自給自足の生活を送るようになった。
物資の流通が滞り、臨時政府は配給制度を取ることを決めた。
だがそれはごくわずかなもので、まともな生活を送るには自分で食料を調達するか、闇市で法外な値段のものを買うしかなかった。
珂月はドッグズ・ノーズで微々たる収入を得ながら、浩誠を頼ってなんとか生計を立てていた。
家族も財産も力もない珂月にとって、この世界は決して優しいものではなかった。
◆
基本的にドッグズ・ノーズに仕事の依頼は来ない。
珂月はいつも通り、メンバーと一緒に浩誠の部屋でぐだぐだしていた。
そんなとき、テーブルに置かれた浩誠の無線機が受信した。
メンバーはぴたりとお喋りをやめ、自室にいる浩誠を呼んだ。
「なんだ?」
「飛鶴(ひづる)から通信が入った! ケモノが現れたんだって!」
浩誠はすっ飛んできて無線機を取った。
外にいるメンバーからだった。
数体のバイラが襲ってきたらしい。
浩誠は場所と状況を確認すると、立ち上がって言った。
「仕事だ。行くぞ!」
「おう!」
その場にいたメンバーは珂月と浩誠を含めて六人。
決して多くはなかったが、今も戦っている仲間のために行かなくてはならない。
メンバーはおのおの武器を詰めこんだバッグを手に、部屋を飛び出した。
珂月はスニーカーのひもをきつく締め直し、走りながら無線機の電源を入れた。
浩誠の部屋にいるときは節約のために電源を落としているが、本番の戦闘時に無線機は欠かせない。
「珂月」
走りながら浩誠が隣に来て言った。
「お前はあんまり無茶するなよ。無理だと思ったら、早めに逃げろ」
「わかってるって」
珂月はまだ見習い程度で、一人で戦わせるには少し危なっかしい。
珂月の実力をよくわかっている浩誠は心配でたまらないようだ。
初めは戦闘に参加させるのもしぶっていたが、一人だけ安全なところで待たされることを珂月は聞き入れなかった。
住宅地の中のコインパーキングに三人のドッグズ・ノーズのメンバーがいた。
上空では三体のバイラが旋回しながら警戒して吠えている。
三体とも長い後ろ脚を持つトカゲのような姿をしていた。
どす黒い皮膚で、尻尾の先は刃物のように尖っている。
非常識なまでに大きく、全長は大型トレーラーほどもあった。
「飛鶴!」
珂月は仲良しのメンバーの姿を見つけると、サバイバルナイフを握って走り寄った。
後ろで浩誠が叫んでいるが無視した。
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