サビイロ契約
101
男たちは五十井の言葉で我に返ったようだった。
再びルザに照準を合わせていく。
「や、め……」
珂月は唸るように言ったが、誰の耳にも届かなかった。
五十井の無情な合図と共に銃撃が始まり、ルザを囲むバイラたちは金切り声をあげて暴れた。
ルザはなんとかバイラを盾に弾幕の死角を確保していたが、「動くな」と命令を受けているバイラは攻撃も逃走もできずに息絶えていく。
痩せた猪の形をしたバイラは、目を撃たれて緑色の体液を流しながら闇雲に走り出した。
巨大な四本の牙を振りかざし、仲間にぶつかりながら珂月のところに突進していく。
五十井たちは両脇に体を投げてやり過ごした。
頭上をバイラが通り過ぎて取り押さえていた男がいなくなり、珂月は自由になった。
起き上がろうとしたが、右足に激痛が走って再び地面に倒れこんだ。
太ももを触るとじっとりと温かく濡れている。
弾はかすっただけのようだが、かなり出血していた。
左足だけに体重をかけるようにすると、なんとか立ち上がることができた。
まず目に飛びこんできたのは、バイラの死骸の山と撃たれてもがくバイラだった。
ルザは数体のバイラをつれて珂月のところに駆けつけようとしたが、途中で横っ腹を撃たれて膝をついた。
「ルザ!」
珂月は息を飲んでよたよたとルザに近寄った。
しかし数歩もいかないうちに背後からはがい締めにされ、後ろに引きずられた。
「来い!」
「離せっ、離せよっ!」
足に力の入らない珂月はろくに抵抗できず、ずるずるとルザから離されていく。
珂月を失えば終わりだと踏んでいるので向こうもかなり必死だ。
「ルザあ!」
今引き離されれば、二度と会えない。
抱きしめてもらうことも、からかわれることもなくなってしまう。
珂月はそう感じ取ってルザに手を伸ばした。
しかしルザとの距離は遠い。
手は届かなかった。
珂月は一筋の涙をこぼした。
自分はいつもルザに守ってもらうばかりで、ルザになにもしてやれない。
ルザが苦しそうにしているのに、側にいてやることすら叶わないのだ。
たすけて、と珂月は祈ったこともない神に心の中で叫び、空を仰いだ。
雲まで続く噴煙の中になにかがちらりと見え、珂月はもがくのをやめた。
見つめているうちに、それは煙の中からどんどん飛び出してきた。
珂月をはがい締めにしていた男は、珂月が上を向いたまま動かないので不思議に思ってつられて空を見上げ、凍りついた。
「上だ! まだバイラがいるぞ!」
男の声に気づいた仲間たちは一斉に頭上を見上げた。
煙でくもった空にはバイラが点々といて、灯台めがけて降りてくる。
眺めている間にも煙の中から次々にバイラが現れていく。
「撃て! 撃て! 近寄らせるな!」
スーツにべっとりと緑色の血をつけた笠木が怒鳴った。
ライフルを持ったグループは銃口を空に向けてスコープを覗いた。
すると、新手はバイラだけではないことに気づき青くなった。
バイラの背に騎乗している人影がいくつも見える。
「だっ……」
ダラザレオスだった。
五十井と部下たちは舞い降りてくるバイラに発砲しながら後退していく。
銃撃から解放されたルザの側で、たった一体生き残った狼型バイラが寄り添っている。
ルザは撃たれた横腹を押さえながら空を見上げ、口角をつり上げた。
バイラの数は四十体ほど。
そのうちの数体は狼型バイラで、背に金髪や銀髪のダラザレオスを乗せていた。
彼らは地面に飛び降りるとルザに駆け寄った。
「閣下! ご無事ですか!」
ルザは片膝を立てて座りこんだまま、右手をあげて無事を示した。
心配そうに覗きこんでくる面々はどれもルザの知った顔だった。
最後に降りてきたダラザレオスを見て、ルザは口を開いた。
「アスタルト……なんでお前らが」
アスタルトは額についた金髪をかきあげ、いつもと変わらない軽薄そうな笑みを浮かべた。
「あーあ怪我なんかしちゃって……一人で無茶すんのはもうやめてくださいよ。閣下」
「俺はもう閣下じゃない。司令の席はお前に譲っただろ。引き継ぎも済んだ」
「こっちで暮らすからーとかわけわかんないこと言って一方的に放棄したんだろ。そんなんであんたの部下たちが納得すると思ってんの?」
アスタルトはあきれて首を振った。
一人のダラザレオスは自分のシャツを引き裂き、ルザの腹部に巻きつけて止血をした。
その顔はひどく辛そうだった。
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