100 「ルザ!」 無事な姿にほっと笑みをもらして駆け寄ろうとしたが、一発の銃声が響いて珂月は地面に倒れた。 なにが起きたかわからなかった。 突然右の太ももに激痛が走った。 うつ伏せに倒れた珂月はルザが自分を呼ぶ声を聞いた。 うめき声をあげてなんとか立ち上がろうとするがうまくいかない。 やっとの思いで肘をついて頭を起こし右足を見てみると、ジーンズの太ももの部分がじわじわと赤く染まってきていた。 「うそ……あっ!」 何者かに頭頂部の髪の毛をひっつかまれて押さえつけられ、珂月は地面に頬をこすりつけた。 もがこうとすると背中に膝をついてのしかかられ、身動きが取れなくなった。 髪の毛をつかんでいた手は首筋に降りてきて、抵抗の意思をそぐ程度に軽くしめつけられた。 「動くな!」 頭上で聞き覚えのある声が轟いた。 顔の脇で砂を踏む音がして目をすがめて見てみると、血しぶきを浴びた革靴をはいた足が二本、すぐそばに立っていた。 前方では走ってこようとしたルザがぴたりと動きを止めた。 「一歩も動くな。こいつを殺すぞ」 革靴の先で頬をつつかれ、珂月は奥歯を噛みしめた。 「い、かいさん……」 「やあ珂月、久しぶり」 五十井は珂月の顔の脇にしゃがみこみ、にっこりと笑った。 「ずいぶん探したよ。こんな田舎に隠れてっから大変だった」 言うが早いか目の前に銃口を突きつけられ、珂月は冷水を浴びた心地になった。 すうっと全身が冷たくなったあと、思い出したように脂汗が吹きだした。 五十井の目は本気だった。 以前ベッドの上で脅されたときとはわけが違う。 本気で五十井はここで珂月を殺すつもりなのだ。 「バイラを止めろ!」 五十井が叫んだ。 ルザは血走った目で五十井を睨んでいるが、優勢に立つ五十井は薄くほほ笑んでいる。 ルザが忌々しげに手を上げると、全てのバイラが戦闘をやめて飛び上がった。 五十井の部下たちはバイラを追って空を見上げた。 バイラの群れは空中で集まり、ルザの周りに次々と降り立った。 かなり気が立っていて不機嫌そうな鳴き声を上げているが、攻撃しようとはしない。 ルザは地面に押さえつけられて足から血を流す珂月を見つめ、わなわなとこぶしを震わせた。 「お前なんで来たんだよ……寝てろって言ったのに……」 極限まで押さえつけた静かな声は、怒鳴るよりも深い怒りを感じさせた。 「役者がそろったところで悪いけど、貴様には退場してもらうよ」 五十井が顎をしゃくって合図すると、五体満足で立っている五十井の部下たちが一斉に銃をルザに向けて構えた。 ルザは両腕をだらりと下ろしたままだ。 「俺の目的は貴様を殺すこと。それが達成できれば珂月は生かしておいてやる。俺は一度した約束はたがえないよ」 「人間の言うことなんざ当てになるか」 「あっそう。せっかく譲歩してやったのに。貴様が一人で死ぬのがさびしいってんなら、いいさ、珂月も一緒に送ってやろう」 「やれるもんならやってみろ。そいつを殺したら俺が躊躇する理由はなくなるんだ。 お前ら全員皆殺しにして骨までこいつらにしゃぶらせてやる。どっちにしろてめえはここで殺すけどな」 「ふん、どちらかしか生き残れないってわけか。いいな簡単で。戦争ってのはそういうもんだ」 五十井は珂月に向けていた銃をルザに向けた。 珂月の全身に悪寒が走った。 自分が軽はずみな行動をしたせいでルザの命が危険にさらされている。 珂月がここに捕まっているかぎり、ルザは抵抗できない。 手足となるバイラも動かせないとなると、ルザの死は決定したも同然だ。 「やめて!」 珂月は金切り声をあげた。 「ルザを殺さないでくれ! お願いっ! なんでもするからっ!」 「ははっ」 五十井は肩を揺らしてシニカルに笑った。 「人間に命乞いされるダラザレオスか。笑っちまうなあ」 その言葉に珂月はカッと頭に血が上り、状況も忘れて叫んだ。 「ルザはダラザレオスの貴族で軍隊の指揮官だぞ! ルザを殺したらまた世界狩りが始まるんだっ!」 とたんに視線が自分に集中したのを感じ、珂月は口を閉じた。 五十井の部下たちの動きが止まる。 広場の時間が一瞬停止した。 五十井は笑みを消して珂月の頭を靴底で踏みにじった。 珂月は地面に押しつけられ喋れなくなった。 「黙ってろクソガキ……おい、てめえら真に受けるなよ!」 動揺を隠しきれない部下たちに五十井は口角泡を飛ばして一喝した。 「あいつを殺せば俺たちの勝ちだ! 死にたくなけりゃやるしかねえんだ!」 ←*|#→ [戻る] |