サビイロ契約
7
「あーほんとーにお前はかあいーなー」
ろれつの回らなくなってきた青年が珂月に抱きついてきた。
チーズをもらおうとしていた珂月は、抱きつかれた衝撃でチーズを持っていたメンバーの指をかじってしまった。
「いでえ!」
「あっごめ……おい、お前のせいだぞ」
「すいませーん!」
青年はにこにこして、犬か猫のように珂月の肩口に顔をすり寄せながら言った。
「全然悪いと思ってないだろ」
「そんなことないってばー。……なんかお前、いい匂いすんなあ」
とたんに珂月の顔色が変わったことに、酒のまわりきったメンバーたちは気づかない。
「あれ、なんか髪も濡れてねえ?」
珂月はこわばった顔でなんとか笑った。
「あ、ああ……さっき風呂入ってきたから」
「だからかー。ちゃんとかわかさないと風邪引くぞ?」
「ああ……」
珂月は心ここにあらずだった。
すっかり忘れていたのに、いい匂いがする、たったその一言で昨夜のことを思い出してしまった。
「あでっ」
珂月が黙っていると、青年が妙な声をあげて離れていった。
見上げれば、浩誠が両手に皿を持って片足を青年の肩に乗せていた。
「こら、セクハラもいい加減にしろ」
「ぎゃー保護者様がいらっしゃったー」
「ははっざまあ」
浩誠は散乱したつまみをどかして皿を置いた。
湯気が上がるお手製のフライドポテトが山盛りに乗っている。
「すっげ、うまそー!」
「いっただきまーす」
メンバーの手が一斉に伸びてきた。
熱そうにしながらも、おいしそうにポテトを口に運んでいる。
浩誠は笑いながら空き瓶を手にキッチンへ戻っていった。
珂月はメンバーがフライドポテトに熱中している隙に、浩誠のあとを追ってキッチンに入った。
狭いキッチンでは、浩誠が背を向けてまな板に豚肉を広げている。
浩誠は見なくても入ってきたのが珂月だと気づいたようだった。
「どうした?」
浩誠は豚肉に包丁で切れこみを入れながら言った。
「珂月?」
珂月はなにも言わず、浩誠の背中に額をつけた。
服ごしに浩誠の体温が伝わってくる。
浩誠は包丁を置き、首をねじって振り向いた。
「どうかしたのか?」
「いや……なんでもない」
「なんでもないようには見えないけどなあ。嫌なことがあったのか?」
「まあ、そんなとこ」
「心配するな、俺はずっとお前のそばにいるよ」
珂月は答えるかわりに浩誠の服を握った。
他人にどう言われても関係ない。
このチームほど居心地のいいところはない。
浩誠のいるここドッグズ・ノーズこそ、珂月の帰る場所なのだ。
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