95 「この夜会も今宵で五十回目を迎えることとなりました。平素より皆さまのご協力あってのことです。深くお礼申し上げるとともに、これからも我がゴルギアス家と末長くお付き合いくださいますようお願い申し上げます」 ヘルヴィスは目礼してから、大広間の脇に視線を送った。 「そしてこの節目の夜を迎えるにあたり、実に三十四年ぶりとなる、魔王陛下のご臨席を賜ることが叶いました」 期待に満ちたざわめきが広がった。 黒い上着をひきずりながら、ダンタリオが悠然と姿を現した。 重そうな耳飾りをゆらし、高い靴音を響かせながら入場してきた彼に、大広間じゅうが背筋を正した。 中央に鎮座する椅子にダンタリオが腰かけると、続いてシュトが出てきてダンタリオの隣のひとまわり小さな椅子に座った。 「陛下からは後ほどお言葉をいただきます。それでは皆さま、短いひと夜を心行くまでお楽しみください」 ヘルヴィスの合図で楽団が静かに演奏を始める。 魔王に見とれていた貴族たちは我に返り、ダンタリオを気にしながらも会話に戻った。 シュトはグラスを受け取って少し口をつけ、ぼんやりと大広間を眺めた。 久しぶりの王族の装いがしっくりこず、首にぴったりとめられた襟に指を突っこんで引っぱった。 「ああ、そんなことをすればせっかくの正装が崩れてしまいます」 見咎めたヘルヴィスが困ったように言った。 シュトは唇をとがらせてヘルヴィスを見やる。 「だってきついんだもん」 「夜会での王族の振る舞いは何度もお教えしたはずですが」 「わかってるよ。ただおれはじっとしてるのが性にあわないだけ」 「そうでした。本当に、あなたは変わりませんね」 ヘルヴィスはほほえましげに笑った。 ダンタリオは頬杖をついてそのやり取りを見ていた。 「ヘルヴィス、お前はシュトに甘すぎる。教育係ならちゃんと教育しろ」 「お言葉ですが、陛下のほうがずっと甘やかしておられますよ」 「弟をかわいがってなにが悪い。お前は仕事だ」 「私はシュト様が幼少のみぎりからおそばに仕えてきました。恐れながら実の弟のように思っております」 ダンタリオはそれ以上なにも言わず、視線を大広間に戻した。 「では私はこの辺でいったん失礼します。シュト様、どうか軽率な行動をとって教育係である私の評判を損なうことのないよう、お願いしますね」 ←**#→ [戻る] |