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少年は泡沫の夢を見る



「離せよ!」
「ここは魔族の国のすぐそばだからな。通りすがりとは、ついてねーな。ガキ」
「ガキじゃないっ」
「お前を人質にとれば楽に逃げられっかな」

 虚勢を張っていたシュトは急に怖くなった。
 この男は普通じゃない。

 身の危険を感じたシュトの体から、黒い煙のようなものが吹き出した。
 男はぎょっとしてシュトを離して距離をとる。
 煙は見る間に濃くなっていき、何本もの太い針に変わって男に向かって飛んでいく。
 男はすばやく脇にそれてやり過ごした。

「魔族を馬鹿にするなよっ!」

 シュトは再び闇の霧を作り出していく。
 だが男の反応は早かった。
 シュトが集中する間を与えず、姿勢を低くしてためらうことなく走り寄ってきた。
 シュトはあわてて避けようとしたが、あいにく狭い路地だったので、無造作に捨て置かれた木箱につまずきよろめいてしまった。

 気がついたときには男に引き倒されてのしかかられていた。
 額に手を置かれると、脳をゆさぶられるような激しい衝撃がシュトを襲った。

「あっ……!? なん、うあっ」

 まるで世界が高速回転しているようだ。
 シュトは目をぎゅっと閉じて気持ち悪さに耐えた。
 すると、衝撃はすぐ去っていった。

 男はシュトの頭の脇に両手をついて顔を覗きこんだ。
 シュトは全力疾走したあとのように荒い息をはき、ぼーっと男を見つめている。

「気分はどうだ?」
「なに、した……?」
「俺は道士だ。今、お前の魔力を封じた。お前は魔術を一切使えなくなった」
「はあ!? なにふざけたこと言ってるっ!」

 シュトは立ち上がろうとしたが、腹の上に男がどっかりと腰を下ろしているので、もがくことしかできない。

「じゃあさっきのように攻撃してみろ」

 言われた通りやってみるが、体の周りになんの変化も訪れない。
 シュトはなにがなんだかわからず、ただ真上にある男の顔を見上げた。
 男はさも楽しそうににやりと笑い、腰にさした短剣を抜いてシュトに突きつけた。
 そうして完全に動きを止めたシュトのマントの襟首をつかみ、無理やり立たせた。

「できねえだろ? わかったら大人しくしてろ」

 男は左手をシュトの細い腰にまわして歩かせた。
 先ほどシュトが目をとめた、ひざかけと本が落ちている椅子のところまで来ると、遠くで誰かが叫んだ。


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