8 「離せよ!」 「ここは魔族の国のすぐそばだからな。通りすがりとは、ついてねーな。ガキ」 「ガキじゃないっ」 「お前を人質にとれば楽に逃げられっかな」 虚勢を張っていたシュトは急に怖くなった。 この男は普通じゃない。 身の危険を感じたシュトの体から、黒い煙のようなものが吹き出した。 男はぎょっとしてシュトを離して距離をとる。 煙は見る間に濃くなっていき、何本もの太い針に変わって男に向かって飛んでいく。 男はすばやく脇にそれてやり過ごした。 「魔族を馬鹿にするなよっ!」 シュトは再び闇の霧を作り出していく。 だが男の反応は早かった。 シュトが集中する間を与えず、姿勢を低くしてためらうことなく走り寄ってきた。 シュトはあわてて避けようとしたが、あいにく狭い路地だったので、無造作に捨て置かれた木箱につまずきよろめいてしまった。 気がついたときには男に引き倒されてのしかかられていた。 額に手を置かれると、脳をゆさぶられるような激しい衝撃がシュトを襲った。 「あっ……!? なん、うあっ」 まるで世界が高速回転しているようだ。 シュトは目をぎゅっと閉じて気持ち悪さに耐えた。 すると、衝撃はすぐ去っていった。 男はシュトの頭の脇に両手をついて顔を覗きこんだ。 シュトは全力疾走したあとのように荒い息をはき、ぼーっと男を見つめている。 「気分はどうだ?」 「なに、した……?」 「俺は道士だ。今、お前の魔力を封じた。お前は魔術を一切使えなくなった」 「はあ!? なにふざけたこと言ってるっ!」 シュトは立ち上がろうとしたが、腹の上に男がどっかりと腰を下ろしているので、もがくことしかできない。 「じゃあさっきのように攻撃してみろ」 言われた通りやってみるが、体の周りになんの変化も訪れない。 シュトはなにがなんだかわからず、ただ真上にある男の顔を見上げた。 男はさも楽しそうににやりと笑い、腰にさした短剣を抜いてシュトに突きつけた。 そうして完全に動きを止めたシュトのマントの襟首をつかみ、無理やり立たせた。 「できねえだろ? わかったら大人しくしてろ」 男は左手をシュトの細い腰にまわして歩かせた。 先ほどシュトが目をとめた、ひざかけと本が落ちている椅子のところまで来ると、遠くで誰かが叫んだ。 ←**#→ [戻る] |