6 丘に降り立ったシュトは、滑るように天馬の背から降りた。 天馬の体が警戒して小刻みに震えている。 シュトは苦笑しながら骨の浮いた脇腹を軽くなでてやった。 「じゃあお前は森で待ってろよ。呼んだら、来い」 シュトの持つ白い呼び笛は、天馬にしか聞こえない特殊な高音を出すことができる。 かなり遠くまでその音は届くので、自由にしておいても心配ない。 シュトは森に帰っていく天馬を見送ってから、荷物を担ぎなおして丘に向かって歩き出した。 徒歩では今までよりはるかに移動時間がかかるが、仕方がない。 飛んでいるときに、シュトは丘と丘のあいだに集落らしき影を見つけていた。 初めての人間の町だ。 文献で読んだことには、人間はさまざまな環境にうまく対応して地域社会を形成する。 その様式は千差万別、ひとつとして同じ町はないらしい。 独創的なその発想は、新しいものに興味の薄い魔族をいつも驚かせてきた。 人間の長所でもあり短所でもある豊かな想像力に、シュトはずっと触れてみたかった。 丘を越えるころにはすっかり日がのぼっていた。 城にいるときはとっくに就寝の時間だが、今は好奇心がシュトを先へ先へと引っぱっていく。 そこは町というより村だった。 丘が目隠しになっているのか、国境付近だというのに外壁もない。 石造りの簡素な民家は華やかさとはほど遠い。 シュトが村のはずれに着いたとき、ちょうど日が一番高くのぼるころだった。 家畜のきついにおいが鼻をつく。 そのにおいとまぶしい日差しから隠れるため、シュトはマントのフードを深くかぶった。 「なんだここ。小屋しかないのか……」 シュトはがっかりして肩を落とした。 きれいな服を着て談笑する主婦もいないし、友達と遊ぶ子供もいない。 「まあ、昼間だししょうがないかあ」 シュトはそうひとりごちた。 日が出ているうちはみな寝ている時間だ。 だが、ここは昼間に活動する人間の村だということをシュトはすっかり失念していた。 この村の異常な雰囲気も、よそ者の彼にはわからない。 どこかでなにかが壊れる大きな音がした。 シュトはすばやく反応し、音のしたほうに走った。 だがどの民家もしっかり戸が閉められているし、音の出所がわからない。 「あれ? 確かこっちのほう……」 シュトは首をひねった。 誰かがいる気配はするのだが。 ←**#→ [戻る] |