57 「マウトナで俺たちは実力を示した。まだ新兵みたいなもんだったから、誰もそんなに期待してなかったよ。ライールも士官学校に入らず一兵卒から始めたから、窮地に立たされることも何度かあった。いやー本当に、死ぬかと思った」 「そんな軽く……って、士官学校?」 「だってライールは領主の息子だし、軍人として生きるなら士官になるのが普通だろ」 「え?」 シュトは目を丸くした。 「ライールって貴族なのか?」 「言わなかったっけか。テンペスト家は王家の血を引く、大エススの東一帯を治める大貴族だ。あいつはそこの嫡男」 「嫡男!? それなのに家継がないの? ましてただの兵士になるなんて」 「まあいろいろあるんだよ。その辺はあいつに直接聞いてくれ」 親友とはいえ、家庭の事情は勝手に話せないのだろう。 シュトも本来の身分を隠しているので、それ以上詮索するのはやめておいた。 「それでも一般兵よりなにかと優遇はされてたけどな。それで、俺たちは同じ隊で知り合って共に戦った。マウトナさえ落ちればあとは都をたたくだけだった。もう勝利は目前だった」 「ふうん」 「俺たちの隊はそのまま都に進軍し、実績を認められた俺とライールは主戦力として最後の戦いに投入された」 シュトとグレックの前を親子連れが通り過ぎた。 グレックは両親と手をつなぎはしゃぐ小さな女の子を目で追っていた。 「そしてライールはイサドア王の首をとった」 シュトは思わず顔をこわばらせてしまい、慌ててなんともなかったように取り繕った。 戦争に出るというのはそういうことだと失念していた。 「そうだったんだ……」 「そのときの活躍を評価され、ケセド王から二つ名をいただき、今に至る。そういうこと」 「ライールは、それを気にして?」 「ああ。背後を支えてきた俺と違ってあいつは表立って動いていたし、いろいろ派手にやったから一躍有名人だった。もう四年も経つんだからあいつの顔を覚えてる奴もいないだろうに、まだここいらに顔を出すのは嫌がるんだよ」 「そっか……」 シュトは果実の芯を手の中でまわしながら考えこんだ。 「グレック」 「ん?」 「あんたはここにいても大丈夫なのか?」 「俺は平気だぜ。あいつほど目立つ顔でもないしな」 グレックは声を上げて笑った。 シュトはその人好きのする笑顔の真偽を確かめるように、じっとグレックを見つめた。 ←**#→ [戻る] |