39 シュトは大きな布を何枚も重ねた服の襟を少し広げた。 ライールにかみつかれた首筋には包帯が巻かれている。 あのとき彼は赤い花園の中で、シュトに愛していると言った。 正気を失ったライールの目はいびつな純粋に染まっていた。 シュト以外は見えていなかった。 シュトは広い寝台に仰向けに転がり、ぼんやりと天井を見つめた。 「おれはなにも知らないんだなあ」 そのまま目をつぶると緊張が解けて、シュトはすぐ眠りについた。 だが森でのことが夢に出てきて、夜明け前に跳ね起きてしまった。 シュトはしばし呆然として、荒い息を吐いた。 寝ぼけた頭で状況を整理し終えると、寝巻の胸の部分をぎゅっと握る。 ここにはライールもグレックもダンタリオもいない。 得体のしれない王城の一室だ。 ふと脇を見ると、同じ寝台でエゼンウェルドが眠っていた。 たちまちシュトは固まった。 ここは客間でシュトに与えられた部屋のはず。 それなのにどうしてこのいかれた王子殿下がいるのだろうか。 どうすべきか迷っていると、エゼンウェルドが身じろぎしてシュトのほうを向いた。 深く寝入っているようだが、眉間にしわが寄っている。 まぶたがひくひくと震え、苦悶の表情だ。 なにか悪い夢でも見ているのだろうか。 「おい」 呼びかけるが返事はない。 「おい、起きろ」 シュトがエゼンウェルドの肩に触れると、たちまち視界が反転した。 柔らかいシーツにこれでもかと押しつけられ、手際よく両手首を拘束される。 「何者だ。誰の差し金だ、吐け」 真上からエゼンウェルドが恐ろしい形相でにらみつけている。 あまりの迫力にシュトは肝が冷えた。 「はっ、はあ? なに言ってるんだよ、そっちが勝手に入って来たんじゃないか!」 するとエゼンウェルドの表情が和らいだ。 手首をつかむ力も痛いほどではなくなる。 「お前……」 「今日義兄弟になっただろ、シュトだよっ」 「シュト……」 エゼンウェルドの長い黒髪がシュトの顔をくすぐっている。 エゼンウェルドはたっぷり時間を置いたあと、拘束を解いてまた横になった。 シュトは肘をついて少し体を起こし、エゼンウェルドの様子をうかがった。 闇の中でもわかるほど、彼は憔悴していた。 ←**#→ [戻る] |