37 エゼンウェルドは濡れた手でシュトの濡れたあごをつかみ持ち上げた。 「不服そうだな。これは我が国で最上級の貴腐葡萄酒だぞ。とても甘い」 シュトの白い頬を伝う雫を、エゼンウェルドは赤い舌でねっとりと舐めあげた。 シュトは従容たる態度を装おうとしたが、顔が赤くなるのは止められなかった。 爪が食いこむほどこぶしを握りしめ、震える声で言った。 「お前、いつもそんな調子なのか」 「兄上と呼びたまえ。なんだ、文句があるのか? 昔は己の血を使ってこの儀式を行っていたんだぞ。自らの腕を傷つけ、流れる血を交換する。そちらがよかったか」 「い、いや……」 エゼンウェルドはシュトの顔を手の甲で拭っている。 「それにしても、どうしてあいつらはたったふたりでエリエイザーとやらを探していたんだ? 大国なのだから人海戦術で攻めればいいものを。それに大エススの二つ名の騎士ともあろう者が、人探しだなんて下っ端の役目とは」 そう言われてシュトは、自分がエリエイザーの罪状さえ知らないことを思い出した。 それとなくライールにたずねたことはあったが、曖昧にはぐらかされてしまった。 「謀反を起こしたって言ってたけど」 「なんだそれは?」 「詳しいことは、おれも知らない」 「はは、そりゃあそうか。よそ者に、しかも魔族には教えられないということか。当然といえば当然だが、たいして信用されていないのだな、お前。それなのによく体を張って助ける気になるな」 シュトは胸が苦しくなった。 今まで無意識のうちに考えないようにしていたが、実際ライールとグレックは自分をどう思っているのだろうか。 ライールはあの宿屋で助けてくれたし、グレックは率直に好意をあらわにしてくるが、本心はわからない。 どんなに仲良くなれたところで、ふたりとシュトのあいだには越えられない種族の壁がある。 完全にわかり合うことなど不可能だろう。 うなだれるシュトの上から、冷たい声がさらに降ってくる。 「おそらく国家に関わる重要機密なのだろうな。下っ端連中には任せられないほどの。これはいい情報が手に入るかもしれないな」 エゼンウェルドは再びクッションに身を預け、まだ立ちすくんでいるシュトを見やった。 「シュト、どこまで道士について知っている?」 シュトは目だけを動かしてエゼンウェルドを見た。 その白い顔に表情はない。 「道士は、道力を身につけた人間の総称だ」 シュトは抑揚のない声で話し始めた。 ←**#→ [戻る] |