32 最後の気力をふりしぼって、シュトはライールの腹にひざ蹴りを食らわせた。 するとぴたりと手の動きが止まった。 だが安心したのもつかの間、ライールの両手がシュトの首をがっちり捕えた。 視線が交差したとき、シュトはライールの目が暗く淀んでいるのを見てしまった。 ライールが首をしめつけてきた。 のどがふさがり呼吸ができない。 シュトは目がちかちかして全身があわだった。 ライール、と呼ぼうとしても声が出ない。 寒いな、とぼんやり思ったとき、いくつもの足音が近づいてくるのがかすかに聞こえた。 数人の兵士らしき男たちが現れて、いつのまにかふたりは取り囲まれていた。 いっせいにシュトに、というより覆いかぶさっているライールに鋼のきらめきが向けられた。 「立て」 ライールは飛ぶ鳥も射殺せそうな眼光で兵士たちをにらみすえる。 だがすぐにシュトに視線を落とした。 「立て! さもないと命はないぞ!」 怒鳴った兵士がライールに切っ先を近づける。 ライールはシュトから手を離し、ためらいなく長剣を抜いて斬りかかった。 目にもとまらぬ速さで兵士の剣は弾き飛ばされ、何度か空中で回転してから背後の地面に転がった。 兵士たちはいっそう警戒し、剣の包囲がせばまってくる。 遠くで誰かが叫んだ。 「抵抗すれば殺せ!」 ライールはゆらりと危なっかしく立ち上がって剣を構えた。 彼の本気がひしひしと伝わってくる。 シュトは咳きこみながら新鮮な空気を吸い、のどを押さえて立ち上がった。 「ライ、ル……やめて、くれっ!」 シュトはぼろぼろの衣服で、ライールの背中に抱きついて引きとめようと踏んばった。 しかし体格も筋力も数段上のライールにとって、シュトなど非力な子供同然だ。 すぐふりほどかれそうになったが、兵士たちがわらわら詰めかけてきてライールを取り押さえた。 しばらく奮闘していたが、ライールは手足を拘束された上で目隠しをされ、赤い花弁の海に沈んだ。 「ご苦労」 震えながら立ちすくんでいたシュトは、兵士がさっと脇にそれた奥から一人の青年が歩いてくるのを見た。 つややかな黒髪を風に遊ばせ、金の刺繍が入った黒い上着をはおった上品そうな青年だ。 森の中だというのに重そうな装飾具を首からぶら下げ、静かにこちらにやってくる。 「もうひとりいたな。行け」 ←**#→ [戻る] |