19 人垣がざわついた。 シュトが首を動かして周りをうかがうと、もう誰もシュトを見ていなかった。 糸目もひげ面も誰もかれも、珍獣でも見つけたようにライールに注目している。 ライールは糸目の首筋に短剣をさらに押しつけた。 「聞こえないのか。離れろ」 糸目はそうっとシュトの上からどいた。 シュトはようやく起き上がり、ライールの腕にしがみついた。 でないと立っていられない。 床が揺れている。 ライールは剣を鞘に戻し、シュトを支えたままテーブルの下から荷物を掘り起こして担いだ。 人垣はライールが近づくとなにも言わず道をあける。 店主はカウンターから出てきたものの、どうすべきかわからず茫然と立ちすくんでいた。 ライールは店主の横を通り過ぎる際、懐から銅貨を取り出して渡した。 「騒がせて悪かった」 そして階段を上り、借りた部屋に入った。 シュトはベッドを見るやいなや飛びこんだ。 ライールは扉にしっかり鍵をかけ、シュトの隣のベッドに腰かけた。 ひざに両肘をつき、頭を垂れてしばらく沈黙したあと、ぽつりと言った。 「シュト、一体なにがあった。治安が悪いと忠告したはずだが」 シュトはぐったりと空を見つめながら、糸目たちとした会話を思い出せるかぎり詳しく聞かせた。 聞かせながら、シュトは虚しい気持ちに襲われた。 あの食堂にいた面々は、シュトが魔族であるという理由だけで辛辣な態度をとった。 さげすむ視線、まるで作物を食い荒らす害虫でも見るような目だった。 「お前、いいカモにされたな」 「かも?」 「安易に誘いに乗るものじゃない。最初から向こうが勝つことになっていたんだ」 ライールは身を乗り出してシュトの髪をかきまぜた。 シュトは切なそうに眉を寄せてライールを見上げた。 「おれ、人間になにかしようと企んで来たわけじゃない。単にどんなところか知りたかったから来たんだ。興味があっただけなのに。本当だよ」 「ああ、信じるよ」 ライールは苦笑して言った。 「あんな簡単に魔族だとばれているようじゃ、諜報員には向かないからな」 「……うるさい」 ←**#→ [戻る] |