「ねぇ、サタン出てきてよ!」 「ぐー」 珍しい現象だ。アルル声を張り上げてサタンの城の前で城の主人を呼んでいる。 普段なら彼の方から、呼ばれていなくてもちょっかいをかけてくるというのに。それにアルルはいつもうんざりしている。その立場が逆転していた。 肩の上のカーバンクルもどこか楽しそうに城を見上げている。 更に珍しいことには、その隣にノリが悪いで有名な銀髪の青年、シェゾが控えていた。人付き合いのとことん悪い彼が、わざわざアルルと共によりによってサタンの城の前にいるだなんて、それこそ今日の午後あたり天災でも起こるかもしれない。 アルルといいシェゾといい、普段の魔導アーマーは身に着けておらず、軽装でいかにも『遊びにきた』という感じの格好だ。彼女らが進んでサタンのところに遊びにくるなど(とくにシェゾに至っては)ほぼありえない状況だった。 もっと言うならそこまでしてサタンが反応を返さないのもありえない。 「…しかたねぇな、叩きだすか」 シェゾはしばらく城の前の魔導力を探り、サタンが出てこないことを確認するとアルルの肩に手を置いて口の中で小さく呪文を呟いた。 空間転移で強引に中に入ろうというのだ。その積極性のなんたることか。アルルはシェゾの口の端がこれまた珍しく楽しげに吊り上げられるのを見送ってから、手に持っていた小さな硬い粒が沢山つめられた袋を握り締める。舌を伸ばしてきたカーバンクルに、まだ駄目だよと、一言。 「鬼は外に出てるもんなんだろ」 ギリ、と、つかまれた肩に確かに力が込められた。 何やら大分余計なことをシェゾに言ったかもしれないと、アルルは心の中で、(やっぱり珍しく)サタンに謝った。 本日の天気 どこかの世界のどこかの国に、節分という行事がある。 割とあらゆる行事で意味もなくパーティをしたがる派手好きなサタンが、この行事だけは唯一スルーを決め込んだ。 それもそのはず、説明するまでも無いがその行事、炒った豆を「鬼」に扮した者に投げて今年の厄を祓うというものなのだが、その豆、当たると大層痛い。しかもその「鬼」とやらは通常、頭に2本の角が生えているという。 パーティなぞ開いたらその外見に該当するサタンが標的になるのは明らかだ。 だから敢えて誰にも言わずにスルーしようとしていたのだが。 「ねぇ、サタン出てきてよ!」 「ぐー」 ああ、可愛い妃とカーバンクルちゃんの声が聞こえる。天使のような声、まさか彼女がこの行事を知っていたとは盲点だ。 普段なら喜んで出て行くところだが、生憎それが出来ない理由がある。 もっとも彼女だけならまだいい、可愛いものだ。だが、アルルの側に明らかにでかい馴染みの魔導力の存在がある。(これまた普段なら邪魔しにでていくところだけれど!) なぜわざわざ奴が自分の下に出向いてきたのかなんて知りたくも無い。 嗚呼、いつもは此方がいくら誘ったって嫌々でしか来ないくせに! とにかく今、あれの前に姿を見せたら結果は明らかなのだ。 そう考えていたら、不意に外の魔導力が動いた。 まずい、空間転移だ。気付いた時にはすでに遅し。 「サタン、ごめんね!」 もっと強力な結界を張っておけばよかったとか、あれこれ考えてないで逃げればよかったとかは後の祭り。黒い旋風と共に現れたそれが最初に発したのは、謝罪だった。 心底申し訳なさそうなアルルの後ろで、それ以上に心の底から楽しそうな闇の魔導師と目が合った。 ちょっとだけ、本当は自分の考えていることとは違ってただ遊びに来ただけなんじゃないかとか期待していたが、どうやらそれも無いらしい。 というかアルルの手に今ちらりと見えたのは確かに豆の入った袋だ。決定的だ。 こうなったらもうしらばくれるしかない。 サタンは努めて冷静に二人を見下ろした。 「妃に変態ではないか、どうした?」 「どうしたじゃねぇよ、わかってんだろ?」 「何のことかな」 「とぼけるなよ」 内心の動揺を出来るだけ抑えるが、確かに背中に汗が伝う。確信に満ちた瞳で此方を見るシェゾには無意味かもしれない。彼はこちらが用件をわかっていることを前提に話を進めてくる。 「この俺様が貴様の大好きな行事ごとに付き合うためにわざわざ来てやったんだぜ?」 語尾を上げて首を傾げる。誘うような仕草に細められた瞳が綺麗にサタンを捕らえた。 いつも頼んだってそんな可愛い動きしてくれたりなんかしない彼のその笑顔のなんと楽しそうなこと! 「……まさか、俺の誘いを断るとでも?」 笑顔と言葉に釣られて勢いで思わずとんでもないと言いかけた。 だが駄目だ、サタンはゆっくりと立ち上がってシェゾを優しく見下ろす。 お互い笑顔である、だが、その間に流れる空気は間違いなく絶対零度。 アルルがその雰囲気に居心地を悪そうに身を、捩った。 瞬間、無言のままサタンが動く。 ばさりと、肩にかけたマントを外し、シェゾとアルルに向かって放り投げる。 そのまま180度反対に向かって走り出した。 逃げる。それがサタンのとった行動だった。 「わっ」 「…ちッ」 その直撃をくらってアルルが驚いた悲鳴を上げる。 舌打ちと共に布をすばやく払ったシェゾが逃げる背中に吠えた。 「逃げんなこら!」 「断る!生憎お前の遊びに付き合う暇は無い!」 「普段散々付き合わせておいてそれが…っ、追うぞアルル!」 「ちょっと、待ってよ…!」 追いかけようとして、隣を見たらアルルがサタンのマントと格闘してるのを見て足を止める。 このまま追いかけて行ってもアルルが居なければ意味がない、というか、今回の目的としてはアルルの持っているものが必要なのだ。 サタンに日ごろの鬱憤を、豆と共にぶつけにきたのだから。 この行事は珍しくアルルに聞いた。 「サタン、節分やらないんだね」、と、何気なく言われてこれまた何気なく聞いてみたら、鬼に豆を投げつける行事だと。聞いた瞬間ピンと来た、サタンがこの行事を嫌う理由は自分が豆を食らう可能性があると本人が認めているからだ。 ならばノッてやろうとシェゾはアルルを連れて此処まで来た。 普段散々サタンにやれ行事だパーティだといっては痛い目に合わされてきた自分が、今回そのサタンの大好きな行事にかこつけて奴に堂々と攻撃できるのだ。 此処で逃す手は無い。というか日ごろ強引につき合わされているこっちの気持ちを思い知れ! 「遅い…行くぞ!!」 「え、ちょっとま…はわぁあ!」 今だマントとの格闘から抜け出せないアルルに痺れを切らし、シェゾがアルルを抱え上げた。 唐突の展開に焦ったのはアルルだ。 急に身体が宙に浮いたと思ったら側にシェゾの気配。 腰に手を回し脇に抱えるという、抱き方自体はどこか荷物というか小動物的扱いではあるのだが、思わぬ身体の接触に思考回路が止まる。 見上げればシェゾは普段とは違う、敵と退治するときと同じ至極真剣な顔つきだった。 (ただの豆まきなのにその顔は反則!) 「ちょ、ま…しぇ、ぞ」 思わずしどろもどろになるアルルが文句のひとつも言えずに固まる。 一方シェゾの方はその集中力のままアルルを持つ左腕を安定させるともう一度魔導を唱えた。 彼にとって幸いだったのはサタンの居た広間がだだっ広かったということ。まだ視界内にサタンはいる。ここで簡易な空間転移して一気に差を縮めようというのだ。 飛ぶ瞬間、アルルに吠えた。 「アルル!それ寄こせ!」 「は、はいっ」 その剣幕にとっさにアルルが敬語で返す。言われるがままに手にした袋をシェゾに差し出すと、彼はそちらに視線を移すことなく、標的を見つめたままその中から武器、豆を一掴み。 ヴン。 瞬間発動した空間転移に二人の姿が一瞬、広間から消えた。 次に現れたのはサタンの背後、シェゾは大きく腕を振りかぶる。 きう、と、細められた蒼眼、吊り上げられた容のよい口が開く。 手にしたそれに魔導力を込めてシェゾが叫んだ。 「鬼は外ぉおおお!」 「いやぁああああ!!」 アルルから聞いた、豆まきの定石になっている言葉を唱えてシェゾが全力で豆をぶん投げた。 それにサタンが気持ちの悪い悲鳴を上げる。腕力と魔導力の両方が込められた投豆は、まっすぐにサタンに飛んで行く。 しかしそれがサタンに当たる直前、風を切る音と共に白い何かが間を過ぎった。 ひゅばばばばばっ。 「なっ…!!」 空気を裂く音と共に目標に当たる筈だった豆が消える。 サタンが防御魔導を使った気配は無かった。 そもそもあの距離、スピードからでは生半可な速さでは防御は間に合わないはずだ。 すると間もなく答えが姿を現す。 驚愕に固まるシェゾとアルル、助かった筈のサタンも展開に動きが止まっている。 唯一動いていたのは、遅れた風が三人の頬を撫で、サタンと二人の間に現れた、見逃してはならない影の存在。 何やらどす黒いオーラが立ち込めている、それは無言で息を吐いた。 「る、ルルー…」 アルルが声を絞り出して目の前の人物の名を呼んだ。 翻っていた白いスリットの眩しいドレスが流れた。彼女は俯いたまま間に立ち尽くしている。 そうして彼女は視線だけシェゾに向けて、ゆっくりと、拳を作った右手を正面に据えた。 ごり、ばりばり。と、何かが砕けるような音に続いて彼女が拳を開けば、そのなかから粉々になった豆、が、ばらばらと。 (…って…冗談じゃねぇええ!) シェゾが口に出さない突っ込みと共に身を凍らせた。 シェゾの投げた豆を、サタンに当たる直前に彼女が全て回収したというのだ、その手で。 どれだけのスピードがあればそんな芸当ができるのだ。彼女は先ほど視認不可能な速さで間に割り込んできた、いっそ光速を超えていないか? さらにはそれを全て素手で握り潰したというのだ。 思わぬ伏兵の存在、展開にその場にいた三人の動きが完全にとまる。 しかしそれに気付いているのかいないのか、ルルーはサタンに振り返ると叫んだ。 「サタン様!さぁ今のうちにお逃げください!」 「お、おお、でかした!ルルー!!」 「っちょ、…待ちやがれっ!」 「うわわわわ!!」 ルルーの言葉にいち早く硬直から脱出したサタンが展開を読み直してもう一度身体を反転させる。 走り出したサタンにルルーが続いた。 それに一歩遅れてシェゾが動き、アルルは硬直から脱出できないままシェゾに抱えられてサタンを追いかける。 「ぐー」 そのあとで、忘れられていたかのように、サタンのマントの下から出てきたカーバンクルが、ようやく食べられるとばかりに床の粉々の豆を一掬いに飲み込んだ。 続いてさらなるおこぼれをもらいにその追いかけっこのあとを追う。 節分行事の始まりだった。 「アルル!」 「はいっ」 走りながらシェゾがアルルを呼ぶ。 アルルは元々行事好きなのもあり、素直に抱えられたまま、沢山の豆が入った袋をシェゾの取りやすい位置に差し出す。 それを掴んで投げるシェゾは行事を行う彼としては本当に珍しく、嬉々として笑顔。 「痛ッ、ちょ、いたたたたっ」 「なんの!!」 飛んでくる豆の猛攻をくらうサタンだが、それでも空間を渡って強引に逃げることをしないのは、それが行事の一環と分かっているからで。 それを庇うルルーも行事は心得ているのか、庇いながらも相手に攻撃はせず、どこかリズムに乗って、身体を動かすことを楽しんでいる節さえあった。 「ぐー!」 そして一番嬉しそうに舌を伸ばすカーバンクルが、落ちた豆を拾って中庭を走り回っていた。 延々と。 珍しい追いかけっこは続く。 だからサタンは節分が嫌いなのだ。 皆の興味が無かったなら無かったことにして姿でもくらますのだが、いかんせん珍しく、本当に珍しく、何もしなくても向こうから乗り気なのだから。 晴れた空に豆が舞う。 02.03(08)/ ARSS_Bean-throwing ceremony −−−−−−−− ← −−−−−−−− 節分フリーでした。 ARSSなんですがどう見てもルル→サタシェ←アル。節分って痛いから嫌いなんだけどいかんせんシェゾが乗り気で可愛くってサタン様止められないんだよという話。ていうかみんな仲良しこよしが書きたかったんだよ。 しかして一番書きたかったのは実は豆握り潰すルルー様(笑)。 (そして間違っても逆CPに見えるなんていわないんだからね) (このあと調子に乗りすぎてシェゾはサタン様に夜お仕置きされるとおも) |