12
「竜さん……」
「!」
殺意に満ちていた南波の意識に、か細い声が割り込んだのはそのときだった。
声の主は他でもない。
裏庭からこの風紀委員室に至るまでの間、ずっと俯いたまま押し黙っていた千明である。
「……どうした、マジで気分でも悪いのか?」
のろのろと緩慢な仕草で目を上げた少年の顔を覗き込んで、南波は気遣わしげに眉を顰めた。
ぐったりとソファの背に凭れかかった千明の顔色は、落ち着くどころかますます赤みを増している。
いや、そればかりか、心なしか呼吸も乱れてきているようだ。
ひょっとすると長く外気に素肌を晒していたせいで、風邪でも引いてしまったのだろうか?
そう考えた南波が、何気なく掌を少年の頬に触れさせた──その瞬間。
「っん……!」
「!?」
甘ったるく上擦った声が南波の鼓膜を激震させた。
指先がほんの微かに肌を掠めたその瞬間、まるで電気でも通されたかのように千明が過剰に身を竦ませたのだ。
涙膜の張った漆黒の双眸が、完全に動作を停止した南波を縋るように見上げる。
「ん……竜さん……っ」
「……おい、千明?」
「なん、か……からだ、あつい……っ」
「…………」
身体が、熱い、だと?
悠に一分は経ってからようやく脳細胞の中に入ってきた言葉を理解するや、南波はうっそりと世にも冷たい笑みを浮かべてみせた。
裏庭から連れ出してから、千明は一滴も酒を口にしていない。
にも拘らず、後は時間の経過とともに抜けていくはずの酔いがここに至って著しく悪化したとはどうしたって考え難い。
ということは、別の“何か”による症状が今になって現れたと考えるのが妥当ではないだろうか?
たとえば酒以外にも別の薬を飲まされていたと仮定したらどうだ?
何せ、相手は酔わせてどうこうしようと考えるような変質者なのだ。
あの変態御曹司なら薬のひとつやふたつ、何の躊躇もなく混入させてくるだろう。
そしてこの反応から察するに、恐らく飲まされたものは……
「………………あのクソ野郎、今度会ったらマジで千切り殺す」
この世に──否、この場合はあの世と表するべきだろうか──閻魔というものが実在するとしたら、恐らくこんな声を発したに違いない。
千明が飲まされたであろうモノの正体に思い至るや、南波は殺意を音声化したような低音で吐き捨てた。
一頻り全ての元凶である変態御曹司への殺意を固めた後、眼前で荒い息を繰り返している少年に視線を転じる。
「……千明」
このまま放っておいたとしても、やがて時間が経てば自然と薬も抜けるだろう。
だが──
「…………」
切れ長の黒瞳から躊躇いの色が消えるまで、さして長い時間は掛からなかった。
「まさか、こんな状況で手ェ出すことになるとはな……」
このとき、室内にもし他に居合わせた者がいたならば、あるいはその呟きが僅かに揺らいでいたことに気づいたかもしれない。
感情の窺えない無機質な声音でそう独り言ちると、南波は千明の肩に羽織らせていた上着を滑り落とした。
そこから露になったのは、貴雅に肌蹴られたままの胸元だ。
なだらかに隆起した、日に灼けていない白い胸元──その微かに汗ばんで上気した素肌に掌を宛てると、媚薬の回った少年の身体が過敏に竦み上がる。
「……っあ」
「苦しいか、千明?」
ゆっくりとソファに押し倒した少年の上に覆い被さりながら、南波は薄紅色に色づいた耳朶に低い声を噴き込んだ。
「……今、楽にしてやる」
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