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08


 ──黒崎と吉澤がシートの上に倒れ伏していた。

 否、彼らばかりではない。

 少し離れたシートの片隅では、一人黙々と料理を頬張っていたはずの西までもが両手に皿を抱え込んだまま昏倒しているではないか。

 黒崎も、吉澤も、三橋も、西も──最前までは確かに何の異変もなく動き回っていたというのに、一体何が起こっているのか?

 ……その答えを、自らの身を以て市川が知ったのは次の瞬間だった。

「…………!?」

 否、正確には、単に三橋らと同じ症状に陥ったと言った方が正しかったかもしれない。

 現に市川が唐突に眩暈を感じてシートの上に崩れ落ちたとき、彼自身は己が身に何が起こったのかを、全く理解してはいなかった。

 自分が空の重箱を薙ぎ払って倒れ込んだのだということも、その際、強かに打ちつけた頬の痛みも──そして、急にこのような状況に陥った、その『理由』も。

「な……ん……!?」

 急速に遠退いていく意識の中、喘ぐように発した声は、ほとんど吐息にしかならなかった。

 酷く眠い。

 ついさっきまで何か酷い焦燥感を覚えていたような気がするのだが、果たしてそれは何だっただろう?

 確か、あれは……

「…………」

 脳髄を恐ろしい勢いで犯していく睡魔に抗えぬまま、市川はついに瞼を落とした。

 弛緩した身体から、全ての感覚が急速に遠退いていく。

 そして──

「……おやすみ、イッチー」

 意識が完全に闇に呑み込まれる間際、市川はそんな声を聞いたような気がした。











 午後の陽気を含んだ一陣の風が静まり返った裏庭を吹き抜けた。

 それに散らされた桜の花弁が、まるで空中を戯れるように舞っている。

 だが、もはやその光景を愛でる者はその場に誰一人としていなかった。

 花見に参加していた面子のほとんどは、シートの上に突っ伏して寝息を立てていて目覚める気配など微塵もない。

 唯一の例外は、急に眠り込んでしまった周囲を不思議そうに見回している千明と、それから……

「ふう、やっとイッチーも潰れたか……ふふふ、ようやく二人っきりになれたねえ、ち・あ・き★」

 邪悪に含み笑う貴雅──一連の黒幕である下半身御曹司は静かに湯呑みを置くと、ことさらゆっくりとシートから腰を上げた。

 そう、これでようやく二人きりだ。

 市川らの飲み物に混入させた速効性の睡眠薬はかなり強力なものだから、少なく見積もっても2時間は絶対に目を醒まさないだろう。

 “計画”の障害となる邪魔者はみな寝静まった。

 そう、やっと──

「やっと、これで始められるね……二人だけのお花見青姦パ・ー・ティ・ー★」

 スキップでも踏み出しそうなほど浮き足立った足取りで未だ事態を呑み込めていない千明に近づくと、下半身御曹司は無防備な獲物に向かって手をかけた。

 警戒心など欠片も抱いていない顔で小首など傾げている千明を手慣れた様子で押し倒すや、鼻歌混じりに獲物のセーターを捲り上げる。

 ……平素ならばこの時点で、かの現役時代を彷彿させる全く温かみのない一瞥を喰らって凍りついていたことだろう。

 だが、判断力の麻痺した今の千明から抵抗が返ってくる気配は一切ない。

「えへへ、千明が酒乱じゃなくてほぉんとよかったあ。普段の千明じゃ絶対押し倒せないし、酒癖如何によってはこっちが返り討ちに遭う可能性も考えてたんだけど……まさか、こんなに可愛く酔っ払ってくれちゃうなんてね! ぐふふっ、神様、ありがとう!」

「……? たかまさ?」

「うん?」

 いかがわしいとしか言い様のない笑みを浮かべた猥褻生物の下から声が上がったのは、そのときだった。

 それまで身動ぎひとつせず組み敷かれていた千明が、窺うように変態の名前を呼びかけたのだ。

 どうやら著しく判断力の低下した酔っ払いの頭にも、ここに至ってようやく周囲の異変と己が体勢への疑問が湧き上がってきたものらしい。

 無駄に鮮やかな手捌きで外されていくワイシャツのボタンと、昏倒したまま動かぬ周囲の友人たちを交互に見回しながら不思議そうに潤んだ目を瞬かせる。




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