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07


「──ふっふっふー★」

 その場に響き渡った得意げな笑い声が衆目を浚ったのはそのときだった。

 それまで一人訳知り顔でメイドから受け取った玉露のおかわりを啜っていた貴雅が、湯呑みから立ち上る湯気の向こうで意味深に含み笑ったのだ。

 不審げな周囲の眼差しが己に注がれるのを待って、勿体ぶった口調で口を開く。

「いやあ、想像してたよりもすっごくいい感じ……さあ諸君、聞いて驚け見て滾れー。実は今、千明が酔っ払ったらどうなるのか見てみたくて、本人には内緒でお酒を呑ませてみました★ 酒乱だったらどうしようかと思ったけど、これはもう大当たりって感じ? わー、股間のジュニアがおっきしちゃいそう」

「「「「は?」」」」

 酒を呑ませた?

 千明に?

 心底嬉しげに微笑みながら変態が放った言葉に、一同は目を瞬いた。

 その中にあって唯一、未だ赤みの残った顔の半面を片手で覆って、こう呻いたのは市川である。

「やっぱりか……!」

「は? 何だ、『やっぱり』って」

「あ? あ、い、いや……べ、別に何でもねえよ!」

 訝しげな顔で振り返った三橋に不審そうな眼差しを向けられて、市川があからさまに狼狽えた。

 大方、酒の誘いを受けたのが己だけであったのをいいことに、一人占めしようとでも目論んでいたのだろう。

 慌てて視線を逸らしたものの、そんなツンデレっぽい否定の仕方では、むしろ後ろ暗いことがあると自ら露呈しているようなものだ。

 現に三橋の双眸は、いかにも疑わしげに細められている。

 ……だが、そんな市川の不審な行動も、この二人に至ってはどうでもいいものであったらしい。

「え、てことはつまりー、千明っては酔っ払っちゃってるってことぉ?」

「……千明、大丈夫?」

 挙動不審を絵に描いたような市川を他所に、妙にいそいそと近寄っていったのは吉澤と黒崎だ。

 潤んだ目を億劫そうに瞬いている千明の隣にやけに密着して座り込むや、その赤らんだ顔を覗き込む。

「んんー? よしざわと、あいちゃん? だいじょうぶってなにがぁ?」

「うっは、これは完璧に酔っ払ってんねぇ。舌っ足らず超最高ー……千明ちゃーん、さっきエロスの王子様がねさあ、千明に酒呑ませたんだってー。なあ、キス魔になったりとかしねえのぉ? ほらほら、ここにベロチューかましたくなったりしない?」

「……ちゅう?」

 己が唇を指差す吉澤の顔をじっと見つめながら、千明はこてんと首を傾げた。

 常ならば突っ込みのひとつでも入れただろうが、吉澤の指摘した通り、もはや完全に酔っ払っているのだろう。

 暫らく考え込むように押し黙った後、ややあって緩慢に首を振る。

「んーん、ちゅうはいい……けど、なんかあついから服、脱ぎたいかも」

「アレ、マジで? そんじゃ漠人君が脱がせてあげよう」

「……俺も、脱がす」

「いやいやいやいや、何しようとしてんのお前ら」

 調子こいてワイシャツとズボンのベルトに手を掛け始めた黒崎と吉澤を、傍らから割って入った声が制止したのはそのときだった。

 不埒な行動を見咎めたのは、すっかり酔いの回っている千明本人では当然ない。

 咎めるどころか、寛げられた襟から吹き込む涼風に、心地よさげに目を細めている酔っ払いの斜め前方──脂汗を浮かべながら視線を彷徨わせる市川を、未だ追求していた三橋である。

 何事も突飛な行動の多い吉澤がベルトに手を掛けたのを目の当たりにして、平素は淡白なこの男もさすがに口を挟まずにはいられなかったのだろう。

 あるいは、黒崎と吉澤の目つきが妙に真剣であることに気づいたのかもしれない。

 しぶしぶ諌めようと口を開きかけて──ふいに、三橋は言葉を詰まらせた。

「……あ? 何だ、これ……急に……」

「お、おい、三橋?」

 それまで頑なに三橋と視線を合わせようとしなかった緑髪の不良が、狼狽した声を上げた。

 隣に座っていた三橋の頭がぐらりと大きく揺れたかと思うと、そのまま、まるで糸の切れた操り人形のように力を失った悪友が市川に向かって倒れ込んできたからだ。

 反射的にその身体を支えてやったときには、三橋の意識は完全に途絶えてしまっている。

「な、何だよ、おい……おい、三橋!?」

 一体、どうしたというのか?

 掴んだ肩を何度強く揺すっても、三橋が目を開ける気配はない。

 覗き込んでいた悪友の顔から、動揺も露に目を上げて──眼前に広がっていた光景に、市川は愕然と双眸を見開いた。




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あきゅろす。
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