05
……が、ミッチーとマリモマンの食欲に火がつくまで、さして時間は掛かんなかった。
どうやらエロいけど本物の御曹司だよ貴雅の用意した高級食材は、味の方も超一流品だったらしい。
始めの方こそ、まるで金そのものを齧ってるような顔で恐る恐る料理を口に運んでいた二人だったが、数回咀嚼を繰り返した後に突然揃って動きを止めたかと思いきや、転瞬、欠食児童みたいな勢いで手当たり次第に重箱を貪り始める。
……凄い食いっぷりですな。
いや、うん。
こんなもん滅多やたらに食えないし、気持ちはわかるけども。
「……何か、悪いな。こんな豪勢な昼飯奢ってもらっちゃって」
「ウマイ」と「ヤバイ」を連呼しながら料理にかぶりついているミッチーらを横目に、俺は傍らに座っている貴雅に向かって恐縮した顔を向けた。
取り皿によそった、目前の食事の中では比較的安いと思われる栗きんとんを控え目につつきつつ、恐々と再確認する。
「マジでいいの? 鮪とか伊勢海老なんて普段、見る専だから相場とか全然わかんないけど、コレ全部ひっくるめたらマジで結構なお値段になるんじゃあ……」
「やだな、千明、ほんとに気にしなくていいってばー。お花見しようって突然押し掛けちゃったのはこっちなんだし、これくらい当然だよぉ。ふふ、それに──」
「それに?」
「ううん、何でもない。こっちの話ー」
「…………?」
「それより千明、そんな遠慮してないで、もっとたくさん食べてよー……あ、ほら、これなんかどう? じゃーん、蟹味噌コーラぁ!」
首を傾げる俺の前に、貴雅は見慣れない銘柄のペットボトルを差し出した。
「蟹味噌コーラぁ」のくだりが四次元ポケットほじってるときの某国民的にゃんこ型ロボットみたいだったのはまあいいとして……蟹味噌コーラ、だと?
何だそりゃ……超飲んでみたいじゃないか。
え?
さっきまでの恐縮と遠慮?
何それ美味いの?
「これ、一色フーズで造ってる珍味飲料水シリーズの試作品なんだー。千明、炭酸好きでしょ? 是非飲んでみて感想聞かせてよー」
目の前で気泡を立てながら注がれていく黒い液体──魅惑の新商品をガン見したまんま生唾呑んだ俺の両手に、コーラで満たされたジョッキを持たせながら、エロスの御曹司はにっこりと微笑んだ。
「さあさあ、ご一献ご一献!」
「…………ッ」
一方、接待されてる契約先の中年部長よろしくジョッキを勧められた俺はというと、掌中の飲料を見下ろして再び固唾を呑んでいた。
一瞬、躊躇った後、意を決して口をつける──そして、次の瞬間。
「!」
咥内に広がった未知の味に、俺は思わずブルった。
……何だこれ、蟹味噌の濃厚なお味が美味いじゃないの畜生め。
でも何か、ちょっとだけ苦いような気がすんのは気のせいか?
蟹なんて高いもん滅多なことじゃ食わねえし、おまけにコーラとコラボってるからよくわかんないけど。
「……? ま、美味いからいいか」
ちょっと小首を傾げつつ、俺は蟹味噌コーラを更に呷った。
……コーラを飲み進めるにつれ、自分の身体がだんだん火照ってきて、意識が徐々に溶けて定まらなくなっていることに気づかないまま。
◆ ◆ ◆
「……お、おい、変態」
ピクニックシートの上に所狭しと広げられていた重箱のほとんどは、既に空っぽになって脇に積まれていた。
そんな料理の追加の催促だろうか?
この花見の主催者である一色グループの御曹司──シートの片隅で一人、にこにこと微笑みながら玉露を啜っていた貴雅に向かって、ふと人影が近づいた。
「うん? どしたの、イッチー? お料理足りなかった?」
「……そ、そんなんじゃねえ」
きっちり人一人分の距離を置いて貴雅の斜め前に腰を下ろしたその人影──マリモマンこと市川鷹士は、平素ならば断じて自ら声など掛けぬ相手からの問いかけにぎこちなく首を振った。
珍しく能動的な行動を起こしたとはいえ、やはり苦手意識の方が強いのだろう。
けして目を合わさぬよう視線を虚空に彷徨わせながら、まるで人目を憚るように声を潜める。
「……“例”のもんはまだ出てこねえのか?」
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