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指切り27








「………」


2人の会話に聞き耳を立てていた正樹は、自分の背筋に生温い汗がゆっくりと伝うのを確かに感じ、その不快感と恐怖に動悸すら感じ始めていた。




思い出してしまった。


───否。正確に言えば、記憶を「引きずり出されてしまった」のだ。




あの男が誠二と初めて接触した日の事はよく覚えている。夕食に一切手をつけず、部屋に戻ってからも俯く彼から無理矢理下校時の話を聞き出した。


そして確信した。
「アイツがまた、全てを壊しに来たのだ」と。


会話から、男が弟ではなく自分を捜しているのは明らかだった。誠二にきつく口止めをし、母親に見付からない様に男を待ち伏せた。待ち伏せといっても、わざと辺りが薄暗くなってから下校したり、帰る時間やルートを変えずに毎日1人で歩くようにするものだった。




5日後に、男は来た。





「こんばんは、」


掛けられたら言葉に、素直に返事をする。
胸の鼓動が早くなるのを悟られないように気をつけながら、ごく自然に相手と目を合わせる。男は一瞬、正樹の瞳の色に顔を強ばらせたが、すぐにまた表情を正した。



「僕のこと…君の弟くんから、その、聞いていないかな」

「…シシバ」


正樹は誠二から聞いた名前を答え、周囲を気にしている男に対して、ここまでに大人の誰にも貴方の話はしていない、と付け加えた。



「どうしてだい?僕は十分にあやしい。君を誘拐するかも知れないよ」

「自分の名前をいう犯人なんて、きいたことないよ」



まあ、そうだけど。

歯切れを悪くする男の様子を見て、正樹は溜息を漏らす。なんとも頼りない“大人”だ。自分がこれまでに出会った外から来た大人――例えば遥や、衛。あまり思い出したくない父親――は、もう少し自分に対して余裕を持って接していたし、こんなにも長時間、子どもを見下ろしながら話すことも無かった。



「もう、帰ってもいい?」


あれほど早かった鼓動はだいぶ落ち着いていた。最初はスーツから男をサラリーマンとみていたが、話し方から、想像よりもずっと若いのではと感じるようになっていた。20代前半かと思うくらいで、その言動はどこか大学生のようにも見える。


「んー…そうだね」

「お兄さん、何しにきたの」

「ああ、それはね…」


男は僅かに口角を上げると、正樹の全身をくまなく観察するように眺めてから、


「まだ、秘密」


呟いた。


「君さ、お母さんとか弟くんのこと好き?」

「…うん」

「じゃああれ、なんとか澪っていう女の子。いるでしょ?あの子も好き?」

「………」

「…はは、そんなに睨まないで。分かった」


男は手をひらひらと振り、うん、と1人で納得したように頷いた。


「もうちょっとだけ、待つか」

「何なんだよ…!」

「君まだ小さいからさ。そうだな…中学生…いや、」










「君が高校生ぐらいになったら、迎えに行くよ」






男の目が、的を狙い絡みつく蛇のそれに見えた。



《続く》
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2011/04/21




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