指切り26
「言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」
至極素っ気なく、それでいて以前よりは幾分かはましに、正樹は衛に応える。
熟知しているのだろう。自分のこの眼が、相手にどれ程の恐怖を与えるのかを。
「何でもいいんです、衛さん。この日記とあの日の記憶から、思い出すことはありませんか?」
尋ねる誠二に、衛はしばらく耳朶をいじりながら考えを巡らせていたが、やがて「幾つかお聞きしてもいいでしょうか」と前置きをして2人に問う。
「この日記は…随分長く書かれているようですが、学校の宿題か何かですか?」
「いえ…この時はまだ小学校には行っていませんでした。たぶん、母さんが書かせていたんだと思います」
「これを毎日書いていた記憶はありますか?例えば…由紀さんと一緒に、3人で、決まった時間に…とか」
「覚えていますよ。毎日の日課でしたから…。寝る前に2人で書いて、母さんに見せるんです。まあ、正樹は面倒くさがって書かなくて、よく怒られたりしてましたけど」
ねえ正樹、と誠二が彼を見ると、正樹はこちらに背を向け動かなくなった。よく耳をすませると、規則的な寝息が聞こえてくる。
「…緊張感無いなあ、もう」
呆れた様に誠二は呟き、衛に謝った後、話を戻した。
「─結局、あのお祭りの日以来しばらくばたばたしていたので…日記はここで途切れてますけど」
焔祭りの次のページを捲ると、そこからは白紙となっている。
「焔祭りの日記…」
「お祭りがあった、としか書いて無いですけどね」
「………」
絵の半分が彼岸花で埋められた、日記。
「衛さん…?」
「何故、この日の日記があるのでしょう」
自分と遥だと思われる人物絵を眺めながら、目線を外さずに衛はぽつりと言った。
彼の言葉に首を傾げた誠二は、つられて日記を見る。
「この日記を書いた記憶はありますか?」
「……書いた、記憶」
そう言ったまま、誠二は沈黙する。思い出せなかった。毎日テーブルの決まった位置で書いていた日記。隣には正樹がだらしなく座り、それを注意しながらこちらを優しく見つめる──母親。
「──祭りの夜、由紀さんは警察署に行ってしばらく離れていた筈です。その間、私はあなた方2人についていましたが…事件のショックから話すこともままならなかった」
そんな状況、状態で、日記など書けるだろうか。ましてや2人が危うく命を奪われるところだった、あの花を一面に描いて。
「…僕達が焔祭りが始まる前に、書いたということはありませんか」
「…可能性は低いです。祭りという行事がありながら、敢えて別の日記を書くでしょうか。もし、」
言葉を切る。
「もし書くとしたら…事件前後に別の“何か”があなた方に───それとも、」
普段聞き慣れない男性の低い声に、誠二はびくりと肩を震わせた。
そして脳裏に僅かに貼り付いた、衛とは似て非なるあの囁きを、
「僕は───」
この日記を、書 か さ れ た のではないか
静まり返った部屋には、規則的な秒針の振動だけがただただ響いていた。
《続く》
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2010/09/02
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