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指切り25





「──あの御神木、伐られるかもしれないんです」



かりかりと音を立てていた鉛筆の手を止め、誠二はぽつりと呟いた。



広げられた教科書とノートには細かく線やメモ書きが加えられている。来週テストなんです、という彼の為に、衛は食後、自ら家庭教師を申し出た。



「助かるわ鳥越くん。高校生の内容なんて、私じゃ全然解らなくて」




2人の部屋は屋根裏から下の部屋に移され、本棚や勉強机、積み上げられた雑誌等によりとても狭く感じる。以前のような玩具に囲まれた部屋では無いことが、何と無く寂しかった。ひと2人座るのがやっとの炬燵に衛と誠二が入っていて、誠二の丁度真後ろに位置するベッドの上で、漫画を開いた正樹がだらしなく横になっている。



「正樹、いい加減勉強しなよ」


母親の様な誠二の声掛けにも正樹は応じない。角がぼろぼろにすり減った教科書は乱雑に放置されたままだ。溜息をついた誠二を見て、衛が微笑む。



「お2人は同じ高校なんですね」


「はい。村には高校が無いので、隣町の男子校に通っています」


高校への進学は望んでいなかったが、母親に強く勧められて中堅の進学校を受験した。通学はバスで片道1時間。部には所属せずに、毎日真っ直ぐ家へと帰宅し、母親の手伝いをしている。



「本当は正樹、もっと上の高校も狙えたらしいんですけど…これ以上だと家から遠い高校しか無くて」


見た目よりもずっと努力家なのだと誠二は嬉しそうに語った。兄を誇らしく思う弟の様子が、兄弟のいない衛にも分かったような気がした。



「授業だって寝ないで起きてるみたいだし、勉強も僕が寝た後にこっそり…」

「なんで俺の話してんだよ!さっさと樹に戻れ」


投げられた漫画本を慣れた様にかわして、誠二は呆れた様に苦笑する。


「樹の話をして一番不機嫌になるのは正樹じゃないか…。まあ、戻るけどね」


誠二は傷の沢山ついた勉強机の一番上、薄い引き出しを開け、一冊のノートを取り出した。



「日記です」


古いものの様だが、保存状態がいいのか少々色褪せているだけだった。ノートを渡された衛は軽く会釈をしてそれを受け取り、丁寧にページを捲る。

「………」



内容は半分が絵。覚えたばかりであっただろう文字や単語の羅列はなかなか読み取れない。その日の天気から日常の小さな出来事、好きな玩具、遊んだ友達。



家族、



「どうかしましたか?」


家族4人が手を繋いで並ぶ絵のページを開いたまま、衛は暫く沈黙していた。


ぬるりと生温い記憶が、その感触と共に誰かに引き出された様な気がした。



「──いいえ、」


心配する誠二に慌てて応える。意識が記憶に取り込まれてしまっていた。危うい。視線を移した先には、目を細めてこちらを“観察”していた正樹の姿があった。


「…なに、」


母親である由紀に似た瞳の奥には、確かにはっきりと、あの男の緋色が見えた。




《続く》
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2010/08/28




あきゅろす。
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