指切り23
──私は無力に生きてきた訳ではない。
勉強が出来たり、足が速かったり、おおよそ皆の尊敬を得る人間では無かったけれど、それでも私は私が何となく好きだったのかもしれない。
私は賢く生きてきた訳ではない。
嘘吐きと罵られた時も、父親が出ていった時も、きっともっと上手い方法は幾らでもあっただろうに。
私は私が時折何者であるかも解らずに、唐突に泣きたくなることがあった。
声をあげれば答えは来るのか?
誰かが差しのべるその手を掴んだ次にはもう、
私は未来を見失っている。
胸にぽっかりと空いた穴は予想以上に重く、冷たく、とても深くて哀しくて、
───ついには、消えて終いたくなった。
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「死ぬのは怖いことですか」
言葉には重さがある。そして理解した以上に意味がある。
彼女が肯定的にそう発したのでは無いと、衛はなんとなく分かった。死ぬのは怖い──否、死など、自分の背後には常に在ったものでは無いのか。
「人間は、経験や知識の無いものには恐怖するものです」
「…そうね、」
遥の細い手が衛の首筋にそっと触れた。ひやりと冷たい指先はそのまま鎖骨を下り、心臓までゆっくりと到達する。
「ここに傷が有った」
以前に刺された箇所が不思議と熱を帯び、ちり、と痛んだ。
「死ぬのは怖かった?」
真っ直ぐな瞳に息をのむ。自分の頬に添えられたもう片方の手を取ると、衛は緩慢に首を振った。怖くは無かった。あの時遥がいなければ間違い無く、私は死んでいた、と。
「恵まれているのね」
羨ましい。
遥は目を閉じる。繋がれた手がゆっくりと放された瞬間に、彼女の唇が微かに動いた。
“ごめんなさい”
「───おい、」
遠くから2人に向けて声が響く。遥が笑顔を見せ、手を振った。正樹だった。
「…何してんの」
衛を一瞥し、あのね、と話し出そうとする遥の手を引いた。
「神社に隠れてろ。アイツがまだいるかも知れない」
「アイツ?…あの人ならもう村にはいないわ」
正樹は眉を潜め、いいから、と言葉を吐く。
「またね、相田さん」
「…ええ、また」
ほんの僅かに笑んだ彼女の後ろ姿を、衛は見えなくなるまでただただ見送った。
《続く》
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2009/11/19
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