指切り22
「───シシバって言うんだけど、」
聞き慣れない単語に、振り向く。
その男と初めて会ったのは、小学校の帰り道、好きなテレビ番組を観るために先に帰った正樹を追い掛け、大きなランドセルをがたがたと鳴らしながら砂利の道を1人歩いていた時だ。
「橘正樹くん…かい?」
整えられたスーツを身に付けた姿は、一瞬亡き父親のものを思い出させた。
「ちがいます、ぼくは弟です」
名前を間違えられたのを訂正し、誠二は半歩後退りをした。村の人間ならば全員顔は覚えている筈だし、何よりここの大人は自分と正樹を間違える事は無い。
男を見た。
どこか都会的な、それでいて見覚えの無い顔だった。
「ああ…そうか、そう言えば双子だとかいってたな…そうか…」
男はぶつぶつと何やら呟き、目の前の誠二をじっとりと、品定めするように見詰めた。
“危ない”
直感的にそう感じた誠二は後ろを向き、全速力で走り出した。男が何かを叫んでいたが聞こえないし、聞きたくも無い。来た道をただがむしゃらに戻り、数回転んだ所為で膝から血が出ていた。
男の名前が頭の中を反響する。何故だかどうしようもなく嫌だった。
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「樹の根元には、人の想いが寄り添います」
再び目にした大木は、注意して見ればその先まで確認することが出来た。陽の明かりに照らされた枝葉が地面にまだらの影をつける。遥に促されて来た村の中心、御神木。彼女はいびつな木の表面を掌でなぞる。撫でるようなそれを目で追いながら、衛は彼女の隣へと立った。
「人は何時かは死ぬ──この樹はそれを何千、何万と感じてきたことでしょう。この世に魂というものが在るならば、きっと私が死んだらここに還ってきます…必ず」
「それは…未来ですか」
遥は首を緩慢に振る。
「…いいえ、『私の意志です』」
言葉の末尾に、誰か別の声が重なったのが分かった。彼女のものよりも少しだけ高い、どこか母親を思い出すような声だった。僅かに震え、怯えているようにも感じる。彼女であっても恐ろしいのだろうか───その身がいつか朽ちて、絶対的な終わりが来ることが。
「何時かの話をしてもいいですか、」
遥の断りに衛が微笑んで頷く。未来の話をするのは信用のおけるひと、それに加えてきちんと前置きをするのだと、彼女は土御門に教わったのだという。
「何か視えたのですか」
「………」
遥の表情は読めなかった。言うならばそれは“無”であり、そっと目を伏せながら一言、
この樹はもうすぐ死ぬんです、
呟いた。
《続く》
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2009/11/09
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