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指切り21









───張りつめた空気は嫌いじゃないが、この男だけは吐き気がする。






「─どうか、お引き取り下さい」




出来うる限りに相手を睨み付けて誠二は頭を下げる。本当ならば殴るなり警察を呼ぶなりしてさっさと追い返してしまいたい。しかしそれが出来ない事は誠二も、自分の横で辛うじて大人しくしている正樹にも十分に分かっていた。勿論、相手であるこの男にも。






「…何度も言いますが、あの件はもうずいぶん前の話ですし、あなたの言うような事は何一つありません。すべて嘘です。お帰り下さい」



「誠二くん…だったね。君はいささか話を急ぎすぎてはいないかい?この村の事も、あの子のことも──」


ガシャン、と音がして、男の周囲に植木鉢の割れた破片が散らばった。正樹が蹴り飛ばしたそれを、男は興味も無いように見下ろす。



「…酷いな、正樹くん」

「さっさと消えろ」

「………」



男の口元がほんの僅かにだが上がったのが分かった。笑っている。この男は、この状況を楽しんでいるのだ。



「──仕方が無い」


男はスーツの裾についた泥を軽く払い、2人を交互に見詰めると、恭しく会釈をして帰って行った。





その後ろ姿を見て、正樹が大きく舌打ちをする。



「誠二!塩撒くぞ塩!」


「正樹また物壊して!これおばあちゃんの植木鉢だよ!?絶対怒られる…」


「知るか!くそ!何なんだアイツ…」


「………」



自分たちが何とかしなければ。あの男の所為で、母親が悲しみ、また苦しむ姿はもう見たくない。



「…何とかしないと」


誠二は呟き、そして神社の入口で別れた衛の事を思い出した。土地勘が無い彼1人では、今頃何処かで迷っているかも知れない。


「…正樹は母さんを看ててあげて。僕衛さん探してくる」


「ほっとけよ、あんな奴」


「……ちゃんと母さんの傍にいてね、」



正樹の返事を待たずに、誠二は神社へと走り出した。










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「──例えば、明日の天気だとか」



お代わりとして出された一杯が新しい湯気を立てる中、衛は正面に座る遥に向けて淡々と質問をしていく。


遥は時折目を伏せる仕草を見せたり、首を傾げて考えたりする。



「お天気なら…明日は朝から日差しが出ますね。10時頃まで。でもそれからは少し曇って、午後の4時から5時まで小降りの雨があります。夜はやや曇ります」


「他に何か分かりますか?」


「…聞かれれば、大体の事は分かると思います。明日起こる事件…事故…産まれる子ども…亡くなる方」



断片的に蘇る映像は白黒から何時しか鮮やかな色へと変化し、飛び散る鮮血の生々しい臭いまでも感じるようになっていた。




「…つまり、未来視は進化している…という事ですか」




聖域───そんな言葉が頭をよぎり、自然と握り締めた自分の拳が熱くなる。


目眩に発汗、脱力感。ほんの僅かに未来を視ただけでもあれほどに消耗していた彼女に、出来る筈が無いのだ。不可能だと思った。こんなにも平然と冷静なのも、考えればちっとも彼女らしくは無いのだ。



「相田さん」



遥は流れるように外に目を向ける。



「──行きたい処があります。お時間少しだけ、良いですか」



彼女の瞳が反射し、微かに赤みがかった。




《続く》
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2009/10/20





あきゅろす。
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