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指切りQ












未来を視る瞬間は、何処か見知らぬ高所からふわりと堕ちていくような、そんな何時かにみた夢を自然と思い出させる。
堕ちる果てが分からない恐ろしさ、体内のあらゆる臓器が重力を失い解放されるあの感覚、景色は季節によって変化する。春には大量の桜の花弁が身を包み、夏にはこぽこぽと泡を立てる水が。秋には一面の赤と橙色が視界を覆ってまた、冬には白銀の世界に溶けていくようになる。


その美しい幻想の隙間から視えるのが未来だった。決して善いものではないその映像を断片的に理解した途端に、何時も私はまどろみを得た静かな覚醒に襲われて目を醒ましてしまう。最後にいつも誰かが手を差しのべてくれるのだ。彼は誰なのだろう。自分をあの場所から救いだしてくれる彼こそが、きっと本当の未来なのでは無いかと思う。




「──未来は決まってなどいないもの。ね、」


膝の上に乗る細身の黒猫は、彼女の言葉を理解したのかしないのか、にゃあと一言素っ気なく鳴いたかと思うと、しなやかにその手をすり抜けて廊下へと出ていった。



その様子を影の先まで見送って、遥はおもむろに席を立つ。結った後ろ髪が耳元から零れ落ちるのを指先で押さえ、乱れた着物の裾を軽く叩いた。緩慢に辺りを見回して部屋を出る。暖かくなった陽射しに少しだけ微笑み、おばあちゃん、と縁側から声を掛けた。



「お帰りなさい、」


「──おお、遥…ただいま」


神社のお掃除なら、私手伝ったのにと遥は頬を膨らませる。土御門はその様子を見て、ごめんよと笑う。



縁側に2人で腰掛けた。

楽しそうに話す彼女を見て、土御門は穏やかな口調で尋ねる。



「……遥はここが好きかい」

「好きよ。静かで緑が沢山あって…とってもいい処ね」


「そうかい…」


土御門は微かに眉を潜めると、今日は正樹は来ないんだねえ、と腰を上げて村の方を眺めた。


「今日は…もしかしたら怒って来ないのかも知れない」


遥は悲しげに表情を曇らせ、同じように村を見た。


「昨日視た夢の話をしたら、分からないけれど…怒ってたから」




夢を視た。
誰かが私の名前を呼んでいる。


───遥、


何度も聴こえる。落ち着いた、どこか心地好い男性のその声は、夢から醒めても反響しながら耳に残っている。




「遥」

土御門が遥を見詰める。深く皺の刻まれた両の瞳に彼女の不思議そうな顔が映る。



「…遥、お前に会いたいという奴がさっき来た、」

「私に?」


「ばあちゃんな、奴が嫌いだった。どうも駄目だった。だからお前には黙って追い返してしまった」

「……そう…」


震える土御門の手の上に、そっと自分の手を重ねて遥は頷く。皮膚は硬くなり黒ずんで、とても綺麗とは言えないけれど温かく力強い彼女の手が遥は好きだった。


「でも…それは間違いだったと今気付いたんよ。お前を手放したくないばかりに、自分勝手な我儘を言ってしまった…」


「おばあちゃん、私…ずっとおばあちゃんと一緒よ。何処にも行かない…!私がここに来てからおばあちゃん、そうしてくれたじゃない」


土御門は力無く首を振る。違う、違うと繰返し、


「遥、お前には帰るべき場所がある」




行きなさい、


まだ間に合う──と微笑んだ。









《続く》
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2009/09/07




あきゅろす。
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