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指切りO








並べられた食事は、野菜を中心とした色合いの良いものだった。


「こんなものしか無いけれど…沢山食べてね。あと誠二も一緒に食べるでしょう?正樹は…」

「また何処かで遊んでるんじゃない?そろそろ帰って来るよ」


もう外はこんなに暗いのに、と由紀は呆れながらも正樹の分の食事も整えた。


「母さん…顔色悪いよ。少し休んで来たら?」


由紀の様子を見て、誠二は心配そうに言う。


「え…ええ……そうね…。ごめんなさいね鳥越くん、少し疲れたみたいだから…部屋で横になるわ」


後のことを誠二に任せ、由紀は客間を出た。それを見届けた誠二は、すみません、と衛に謝る。


「由紀さんは…ずっとあのような体調なのですか?」

「………いろいろありました。出来ればその話も衛さんに聞いてもらいたかったんですが…」



言葉を遮るように玄関で引き戸を開ける音がした。正樹だ、と誠二が立ち上がり、こちらへと彼を呼ぶ。


誠二の双子であり兄である橘正樹。犯人であった赤毛の彼の───。



バン、と襖が乱暴に開けられる。目が合った。誠二とほとんど同じ顔の、それでも赤みがかった頭髪は彼とはやはり違う──制服を着崩し、腰のベルトに繋がれたチェーンを鳴らしながら衛の前に歩み寄る。じゃらりと音がした。耳のピアスが反射して僅かに光った。



「………」

「……正樹くん、ですか」


正樹は笑った。喉を鳴らすように笑い、応える。


「──ほんとに当たるのな、未来視っていうのは。ちゃんと今日アンタが来ること…あの人も分かってたよ」


「未来…視、」

「ちょっと、正樹」

「なんだ、まだ話して無かったの?」


堪らずに誠二が正樹の肩を掴む。彼を見上げる形だった衛も立ち、問い掛ける。


「詳しく聞かせて下さい!未来視…遥と会っているのですね!?あなた達は一体…」


「──うるせえよ」




正樹は一言だけ低く吐き捨てると、自分よりも背の高い衛を睨み付けて勢いよく胸ぐらを掴んだ。一瞬衛の息が詰まる。止める誠二の手など構わずに、正樹は衛の左頬を思い切り殴った。


「正樹!」

「っ…!!正樹!何してるの!」


騒ぎを聞き付けた由紀が倒れた衛に駆け寄る。大丈夫です、と手を上げる衛を起こして、彼女は正樹に近付き、彼の頬を叩いた。ぱん、と乾いた音が客間に響く。ぼろぼろと涙を溢す由紀に、正樹は目を合わせることなく部屋を出ていった。


「なんであの子…こんなこと…!」


「由紀さん…」


衛は殴られた方の頬に触れる。それほどに力は無かったが、とても痛かった。衝撃、とも呼べる何かが彼からは伝わってきて、そして同時に理解した。すべてにおいてもう、遅すぎたのだ。



「僕、氷持ってきますね」


ばたばたと台所へと向かう誠二に、由紀ははっとした様に衛を見た。


「ごめんなさい鳥越くん…私、なんてお詫びしたらいいのか…」


「いいえ由紀さん…どうか正樹くんを叱らないで下さい。私は大丈夫ですから」


「でも……」

「…悪いのは私なのです」

誠二から氷嚢を受け取り、なんとか食事を済ませる。動揺した由紀を部屋まで送り、片付けられた客間の中央に1人分の布団を敷いた。


とても広い。
以前に遥と来た思い出があるから尚更だ。



「…すみません。あの…正樹が」

「彼は…遥の代わりに私を叱りつけてくれたのかも知れないですね」


布団の隣を見る。
彼女の姿を見た気がした。


「──正樹は、毎日遥さんに会いに行ってるんです」

「それでは…遥は確かにこの村の中に?」

「明日僕が案内します。ちょうど土曜日ですし。ただ、正樹はいい顔しないと思うので…出来ればこっそりと…母さんにも」

「分かりました…ありがとうございます」

「いいえ……あの、」

「はい、」


誠二は何から話そうかと悩んでいる仕草を見せて、結局、溜息を吐き苦笑いをする。


「…ごめんなさい。話したいことがありすぎて、言葉が出て来ないや」


衛は少しだけ微笑み、彼の正面に座る。


「…私はここに来て善かった」

「衛さん、」

「誠二くんや正樹くん…それに由紀さんに会わなければ、私はこの先もずっと、現実から目を背けたままでいたでしょう」


確かめなければ、
自分の目で見て、感じて、すべてを受け止めよう



例え彼女が、


「私の知らない遥だったとしても」





《続く》
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2009/08/24




あきゅろす。
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