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遺骸

澄佳と生王




自虐的に聴こえてしまったことを彼女は詫びた。心なしか青ざめた肌には3センチ程の切り傷があって、丁度僕から見てそれは右側の頬の一番膨らんだ部分に確認出来た。既に血液は乾いている。放っておいたら勝手に止まったと彼女は言った。伝い残った滴を見て、まったく私の身体は律儀に過不足なく働くものだと感心したそうだ。開いたら塞ぐ。下がったら上げる。しかしいつかは完全に停まる事実。中途半端だ。いっそのことそれが、神をも超える永遠のものであったなら良いのに。

───死んで終ったら私は何に成ろうかしら。
将来を夢みる子どもの様に彼女は話し出した。聴くと自分はもう人間はごめんなのだと言う。すごく大変。生きることは苦では無いけれど、こんな風に終わりを想像して答えが出ないことがとても苦痛だ、と。それが当たり前だよ───そうかしら…そうかも、ね。分からない世界があるのは素敵なことだわ。彼女は頷く。

音楽はね、すべての音にきちんと名前が付いてる。私がどんなに新しいものを探しても無駄だわ。音って無限のように感じるけれど、実はちゃんと閉鎖的な側面もある。与えられた材料を合わせて、混ぜて、時には切り離して。料理みたいに…もしくは、実験室の学者のように。



完成しそうよ。



彼女は嬉しそうに僕に言った。納得のいく作品にしたいから、もう少し掛かりそうだ、とも。一生の仕事をしている気分よ。それとも本当にそうなのかしら?彼女の問いに、僕は応えない。

貴方はさっきから落ち着きが無いようだけれど、とてもつまらない勘違いだから許してあげる。別に私はこれからの先を悲観している訳では無いの。この頬の傷が治ったら少し髪を切りに行こうと思ってる。些細だけど私の前にはこれで道が出来たわ。貴方はどうする?決められないのなら誰かに頼むのも良いかもしれないね。偶然にも、私は貴方の為に隣を空けて待っていたのだから。

遺骸って、なんだか現実感の無い言葉ね。
彼女は続ける。でもすっきりとはしている。遺体って聞くと、どうしてもグロテスクに感じてしまうから。仮に霊的な何かがこの世に在り得るのなら、遺骸を晴れて脱け出した私達は一体どうなるのだろう?何処かに消失してしまう?…しっくり来ないわ。面白味が無い。ならば私は空気に成りたい。名前通りの澄んだ暖かい春の空気よ。そう言うのって、想像するだけでわくわくしない?

彼女の唇から無機質に零れ落ちる言葉を僕はかき集める事が出来ない。上手く言えないけれど、所詮僕はその程度だったのだ。


再び流れ出した血液がぽたりぽたりと彼女の胸元を濡らす。いい音だ。声が聞こえる。遺骸、イガイ、















ほら、きっと死は直ぐ隣に。
















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2009/01/26




あきゅろす。
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