指切りM
だんだんと道が細くなる。舗装が消えて草木の高さが増し、路になったうねりを暫く進んだ先に見覚えのある民家が見えた。他にも小さな家屋が数ヶ所確認でき、それらには灯りが点き始めている。もう時刻は日暮れ間近だ。切れた息を整える為、衛は荷物を置いて立ち止まる。いい風だ。清浄な冷たさを頬に感じて深呼吸をする。
あの頃とほとんど変化が無い村の風景を見渡す。異なるのは単に季節だけで、あれほど大量に咲き乱れていた彼岸花は、今は無い。代わりに村の入口には、大きな立て看板が出来ていた。村の地図を示したものだろう。かなり前に建てられたのか多少錆びて剥げ欠けている部分もあったが、御神木を中心としてこの地域一帯を隈無く知ることが出来た。あの事件以来、ここも観光業に力を入れていたことが分かる。徐々にではあるが、村全体が前に進もうとしていた。
地図を確認していると、不意に遠くから名前を呼ばれた。次に足音が聞こえ、電球の明かりに人影が入り込む。由紀だった。
「───ああ、やっぱり鳥越くんだったわ」
「由紀さん…お久しぶりです」
クリーム色のロングコートを着た由紀が笑顔で迎えてくれた。ただ以前よりも少し痩せた様で、青白い顔が照明を受けてぼんやりと浮かび上がる。連絡をとった時には祖母の土御門と話をしたので、これが由紀との10年振りの再会となった。
「わざわざすみません…もう具合は宜しいのですか?」
「ええ。昨日から大分気分が良くなってきたから…。この村の近くを通る電車って限られているでしょう?だから、もしかしたらと思ったのよ」
由紀の視線はどこか虚ろだ。身体を壊して入院することもあったようだが、そこまで彼女を衰弱させた原因は一体何なのだろう。最後に見た由紀の姿を思い出す。頑張るわ、と強く応えていた彼女。頑張るわ、大切なこの子達の為にも。
「鳥越くん、ちょっと寄りたいところがあるの…いいかしら」
由紀の言葉に促されるまま村の中心へと歩いて行く。澪の話によると、あの事件以降も焔祭りの形式は残っているようだ。出店が全面で場を盛り上げているものの、やはりあの幻想的な焔を観るために来る観光客も未だに多い。確かに焔祭りの儀式には、人を惹き付ける何かがあったように思う。
村の中央、綺麗に草が刈り取られた場所には、以前よりも更に大きく成長したあの大木があった。
「これは…」
「凄いでしょう…あれから10年だもの」
大木の放つ凄みに圧倒される。ざわざわと風が通り抜けると、それに呼応するかの如く枝の葉が揺れた。空を見上げても木の頂点が見えない。暗い夜の闇へと、ただ静かに溶けている。
「この御神木を見る度に思うの…。時間の流れはとても早いけれど、こうして変わらずに根ざしているものもある」
「ええ…懐かしいような、何かを思い出すような」
「そうね…」
暫く2人は御神木を見ていた。焔の暑さを感じた気がした。瞬間、くらりと目眩が衛を襲い、彼はその場に崩れ落ちる。
「鳥越くん…!」
「大丈夫です…少しふらつきました」
随分と長く、良く眠れていない所為だろうか。ぐらぐらとぶれる視界の先───御神木の幹に寄り添うように、女性の姿を感じた。
「遥───」
自然と零れ落ちたその名に、由紀は哀しそうに眉を寄せた。
「こんな事になるのは分かっていたのに──」
「由紀さん…?」
由紀は衛をゆっくりと立ち上がらせる。2人の距離が近くなる。遥よりも少し背の低い由紀は、今にも泣きそうな表情で衛を見た。
「鳥越くん…遥は貴方が大切だと言っていたわ。誰よりも、一番に」
「あの…」
「でも駄目だったの、どうしても離れなければならない時だってある…そうでしょう?」
「何の話ですか、ゆ…」
「私は遥の幸せを願っただけなのに…こんな」
「由紀さん!」
由紀ははっとして言葉を止める。眼鏡越しの瞳からは涙が溢れて、彼女の頬をゆっくりと伝った。
「───遥はここにいます、」
風が止まない。全てを掻き乱して去っていく。
「どうか、あの子を」
助けてあげて下さい。
《続く》
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2009/06/13
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