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指切りJ






「お前は、」




整えられた眉がひそめられる。ガラス越しの空は少しだけ赤い。そっと視線を下ろせば、鮮やかなイルミネーションがぽつぽつと灯りをつけ始めていた。雪が溶けて泥と混じり、水っぽい塊となって車に引かれて行く。びしゃんと跳ねては光を反射するそれは視覚的なものだけで、残念ながらここまで音は届かなかった。


なんて事はない、
ほんの、数時間前の景色である。



よく見ればカウンターはゆるやかな円を描いている。最低限の照明は新しい。従業員も若い。1ヵ月程前に出来たばかりのバーだった。


カウンターに付けられたイスをひとつ空けて、衛と羽生は並んで座った。出されたアルコールで喉を満たし、羽生は衛を見ることなく続ける。



「お前はまだ三島遥を追っている。10年前にアイツは突然失踪してそのまま行方知れずだ。最善は尽くした…だが無駄だった。母親が捜索願いを出さなかった。俺には理解出来ない。母親は、娘は必ず帰ると言っていたが」



「…ええ。私も何度も訊ねましたが、そうとしか」




からりとグラスの中で氷が揺れる。羽生はその音に一瞬不快を覚え、小さく舌打ちし、



「…理解出来ない」


もう一度呟いた。



衛はそんな彼の横顔を見て、貴方は変わらない人だ、と苦笑した。



「じゃあ相田、お前は変わったのか?」


「………私は、」




私は、動けなかった。
彼女が消えた後、私は何をしていた?
この長い長い年月を、




―――相穂 澪と、出会うまで、




「―――私は今から、変わろうと思っています」


衛はゆっくりと、確かめるように話し出す。



「先程お話した…遥を知っている女性。彼女が現れたと言うことは、これは現状が変わり始めているという合図なのではないかと、思っているのです」




10年待っていたのは言い訳だったのだと、
自分自身を戒めながら私は―――



遥に、逢いに行こうと思う。




「…だが消えたんだろう、その女性も」

「はい」


「お前の話だけ聞くと、普通の奴なら全てお前が病んだ末の幻覚としか思わないけどな」


「そうでしょうね」


「………」



「…貴方は、その“普通の奴”なのですか?」



煙が細く舞う。

羽生は僅かに驚いた表情をみせたが、直ぐにまた指に挟んだ煙草をくわえた。



そして目を細める。


「………さあな」



衛はそうですかと笑い、席を立った。


「最後に貴方と話せて善かった」




羽生は振り向かない。
カウンターに現金を置き、衛は静かにバーを出た。




《続く》


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