某喫茶店にて 遥は唐突に、喉を痙攣するかのように鳴らして笑いだした。 音にも見た目にもとても上品ではない笑い方だと衛は思った。自分の知っている彼女は、いつも自然と綺麗に笑うものだ。 「可笑しいわ、とっても可笑しい」 どうしてかしらね、と遥はグラスに盛られたカラメル色を細長いスプーンでつついた。 決して口に運ぼうとはしない。かき混ぜ模様を作ったまま、あと数分後に彼女はそれを捨てるのだろう。 例えば以前どこかで有ったような固定の位置で。寸分も狂いの無い白いテーブルを置いて、遥と衛は向かい合う。 喧騒は思いの外煩わしくはない。隣の席に、滑るようにシフォンケーキの皿が並ぶ。 スポンジに生クリーム、 濃い紫色のソースが点々と。 「歩いているとね、」 ゆったりと歌うように話し出す。 「時々血の跡があるのよ。階段とか、トンネルとか。他の人は知らないみたいに通り過ぎていくけど。すごく真っ赤なの。ほら、今ここに落としたよってくらいに綺麗なの。あたしは大変って跡を追うのよ、ずっとずっと先の方まで血は途切れ無くてね。それでも事件かしら怪我したのかしらって追いかけるの」 「追いかけてる途中は、他に何も考えられないわ。それよりも、足と目以外をどこかに置いてきたみたいになるの。血の後だけが妙に鮮明で、周りの景色なんて白黒で所々いびつでね、そのうちに、嗚呼、あたしはこのままこれを追って生きていくんだな。逃げることなんて出来ないんだなって、ぼんやりだけど、思うの」 「そうしたら突然、ほんとに突然なんだけど血の跡を見失ってるのよ。さっきまであんなに、瞬きも忘れて見てたのによ?で、同時に何かにぶつかるの。どん、」 遥は暫く伏せていた目を衛に向ける。 瞬間、 ( ) 凄まじい衝撃音。 鼓膜をぶち破る程の悲鳴、 声、 振り向いた先には何もなかった。 それでも聴こえる声。 一度耳を塞ぐ。 開くと、それらは止んでいた。 「見上げるの。上を見上げて、謝るわ。人にぶつかったんだもの。全然知らない人なんだけど、すみませんこちらこそ、なんて…。でもね、そこであたしは気付いてしまうわ。間違いない血の臭い」 この人から、確かに血の臭いがする。 先の曲がった長いスプーンがゆっくりと舞う。 そしてぴたりと、 目の前に座る衛を指した。 「…そうね。アンタからも」 むせかえる程の血の臭いが ほら、 汚れた薄い薄い食器が落ちて、 3秒後に深く、割れたのだった。 ENd. |