指切りG
…思い出せ無い、
嫌な記憶だからなのか?
彼岸花、毒を食べようとした自分。父親の死を受け入れられなかった自分。そして…息を切らし、自分達を助けに来たあの人。
病院からの帰り…バスの中。一番後ろの席を2人で占領する(どうせ乗客は疎らだ)
「…せーじ、」
「……なに?」
隣に目を遣ると、学習帳から顔を上げた誠二がこちらを見ていた。
「…お前、澪が村に来た日の事覚えてるか」
誠二は開いていたページを閉じ、覚えてるよ、と応える。
「小学校に上がった頃だった。澪ちゃん確か高校生でさ、最初可笑しいと思ったよ…こんな何もない村に、お母さんと2人だけで越してきたんだから」
「精神療養とか言ってたな」
「話したり、考えたりするスピードが遅いんだ。だから小さかった僕らと真っ先に馴染んだし、何と無く空気が合う」
澪は不思議な子だった。
何時もどこか虚空を眺めていた。話し掛けても黙ってしまいイライラした。よく転んだ。よく…危ない目にも遭った。
「俺は昔、澪が実は不死なんだと本気で思ってた」
「ふし?不死か…はは、そうかもね」
滅多に通らない車に引かれたり、崖からふらりと落ちたり、湖で溺れたり、今回のように、河に流されたり。
それでも、どんなに血を流そうとも…骨を折ろうとも、澪は必ず“奇跡的に”助かっているのだ。
「河に落ちただろ。流されて、しばらくしてからぐったりしているのを見付けて…明らかに可笑しいだろ、殆んど水を飲んで無かったし、ひどい怪我も無かった」
ぐらり、とバスが揺れた。よろけた誠二が正樹の方に倒れて、その瞬間に彼が耳元で囁く。
「…正樹、澪ちゃん好きだろ」
「!…は!?」
誠二は少しだけ微笑んだ後、体勢を立て直して前を見た。
「澪ちゃんは昔から、よく事故に遭うと夢を視たらしい」
「ゆ…夢?」
「うん」
そしてその夢には、必ず三島 遥が出てくる。
「…僕は、澪ちゃんを守っているのは遥さんだと思うんだ」
「………」
「…どう思う?」
…白い、彼岸花。
あなたたちのパパはほら、
ちゃんと心の中にいるわ
そっと抱きしめられた感触がよみがえる。
おねえちゃんは未来が視える。
だから僕たちを助けに来れた。
おねえちゃんは、
「…あり得るか?そんなこと」
「…現実的では無いよね」
バスが停まった。ステップを降りると、外は既に暗くなっていた。
「…もし、もしもだぞ?おねえちゃんが未来を視て、澪をずっと助けているとしたら…いろいろと、可笑しくなる」
先ず澪は三島 遥とは面識が無い。例えあったとしても、遠距離からどうやって助けるというのか。それとも、彼女には不思議な力がまだあるのか?未来を視ただけで、あれほどに衰弱していたのに…。
「―――!」
そこまで考えて、正樹は足を止めた。
もう少しで家だ。
誠二が少し先まで歩き、彼に気付いて振り返った。
「何?どうしたの?」
「誠二…。おねえちゃんさ」
「うん?」
「…ヤバくないか」
誠二の話を信じていた。
それは直感的なもので、理由も根拠も無かったけれど、
間違いなく、正樹の中をざわざわと駆け巡った。
「…正樹?」
2人だけの時のみに自分の名前を呼ぶ弟の手を引いて、正樹は小さな明かりの灯る自宅に向かって走り出していた。
《続く》
無料HPエムペ!