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指切りF





母に連れられ(多少怒られながら)病室に戻った私は、今日はもう外には出ないと約束し、彼女に帰ってもらった。

母は橘一家を毛嫌いする。引っ越して来てからずっとだが、古いしきたりや風習を信じる人だから仕様がないのかもしれない。



―――――コンコン、


「…はい、」

暫くしてノック音が聞こえた。返事をすると、直ぐにスライドドアが開く。先程電話した誠二と、彼にそっくりな顔立ちの正樹が入って来た。


「…あれ、もう片方も来たの」

「相変わらず失礼な奴だな…お前」

正樹はぶっきらぼうに持ってきた袋を私の前に突き出す。

「母さんから、フルーツタルトだってさ」

「わ、ありがとう」

「兄さん、」

誠二が促したパイプ椅子に彼も座る。個室だから、ここなら誰にも話を聞かれる事は無いだろう。


「…大丈夫だった?」

「うん、平気」

「澪、なんか飲み物無いの」

「…もう。冷蔵庫にペットボトルあるわ」


こうして2人を比べると、双子だというのに性格がまるで違うから驚く。

兄の橘 正樹は明るく社交的。最近ますます生意気になり、10も年上の私にため口だ。髪は少し赤みがかった茶色。本当はもっと赤いらしいが、目立つと自分で染めたらしい。

一方、弟の誠二は落ち着いた濃い茶髪をもつ少年だった。大人しく、落ち着いた小学生で、私はどちらかと言うと彼の方が話しやすい。


…2人の父親が違うとは、前に私の母親が話していたのを偶然に聞いた。だからと言って2人を軽蔑しようとは思わなかったし、彼らにわざわざ聞こうとも思わなかった。

ただ、私が村に引っ越して来た時には…彼らに“父親”は居なかった。



「…じゃあ、時間もないし、本題に入ろうか」


誠二がおもむろに鞄から古びた学習帳を取り出した。表紙には、大きく下手だが丁寧な字で“たちばな せいじ”と書いてあった。


「これ、僕が昔書いてた日記。兄さんも一緒に書いてたらしいけど、どこかに行ったって」

「…普通残して置かないだろ、こんなの」

「正樹は物持ちが悪すぎるのよ」


パラパラと中を捲ると、よく分からない絵や、字、記号、落書きで埋められていた。

「…ここ」

誠二は付箋を挟めたページを指でつつく。そこを開くと、見開きいっぱいに赤い花が描かれていた。

「あ…これ、彼岸花?」

「たぶん。…で、日付が7年前の焔祭りの時なんだ」

「…私が村に越してくる前ね」


“焔祭り”は村に伝わる祭りで、毎年それは盛大に行われる。以前は神を崇める儀式が中心だったらしいが、今は出店や催し物を楽しむものに変わったらしい。


「…澪も、どうせ知ってるだろ。この日に村の地主が殺される事件があって、」

「………」


かなりの騒ぎだったらしい。地主…誠二の父親は、祭りの日に殺害された。


…犯人は、研究助手であった正樹の父親だという。


「…母さんはあんまり話してくれないんだ。僕達もまだ5歳だったから記憶が曖昧だし」

聞かされたのは本当の父親のこと、犯人だった男性にはあれから会っていないこと、会う気もないこと。そして、全て自分が悪いのだという母親の謝罪だった。


「…俺は」

正樹はペットボトルのお茶を飲み干すと、乱暴にゴミ箱へと投げ捨てた。

「母さんにいくら謝られても困る。俺にとって父親は…誠二と同じあの人だ。それで父さんはもういない。死んだら帰ってこないんだから、今さら…困る」


「正樹は母さんが好きだから」

「…うるせぇ」


私が不安そうに眺めていると、大丈夫だよ、と誠二が笑う。そして静かに続けた。

「…で、この事件なんだけど、母さんの友達の刑事さんが解決してくれたんだって」

名前も聞いてきた。

三島 遥
鳥越 衛


漢字で書かれたメモを出され、私は初めて“はるか”を“遥”と書くのだと知った。


「やっぱり…本当にいたんだ…」

「あと、ここ」

再びノートに視線を移すと、大量の彼岸花の中に2人の人物が描かれていた。

真っ赤なスーツを着た女性らしき絵と、メガネを掛けた男性らしき絵が並んで描いてある。

おそらく、彼らなんだと言う。

「思い出せそうで思い出せ無いんだ…僕達はなにか大事なことを忘れている…」


私はじっと真っ赤な女性を見詰める。茶色の短髪…スーツ…遥…。


「…私も、きっと忘れているんだわ」


外は、絵の彼岸花と同じ赤の空気に包まれていた。






《続く》



あきゅろす。
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