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指切りE


「…あら、お友達が来てたの?」


数時間後に来た母親が、私のベッドの横に生けられた花を見て問う。

「うん、そんな感じ」


よく分からない曖昧な返事をすると、母は少し不思議そうな顔をしてから「そう」とだけ言って出て行った。


(言わない。否、言えないだろう)


これ以上母親には心配を掛けたくない。


私は枕元に置いてあった携帯電話を取ると、そっと病室を出て外へと向かった。






――――――――――――――――――





(…いい天気)


春の初め、陽射しが柔らかい。
病院の中庭には疎らに人が居たが、一ヶ所だけベンチが空いていた。そこに腰掛ける。


「………」


携帯のアドレス帳を開き、ふと最初にどちらに掛けようか悩んだ末に、結局何時もの方を選んだ。


…………

…………………


「………」

数回のコール音。
ざわりとした風が、病院を囲む木々の葉を弱く揺らした。


「―――はい、」

暫くして、やっと聞き慣れた声が耳に届いた。


「澪ちゃん?」

相手が続ける。

「…うん、私」

「何処から掛けてるの?」


中庭からだよ、というと、ちょっと待っててと電話越しに雑音が入り、細く後ろから聴こえていた音が止んだ。

「…タイム・アフター・タイム」

「正解」

「聴いてるよね、いつも」

「好きなんだ。昔の洋楽」


「家にいるの?」

「家だよ。自分の部屋…。今日は母さんも兄さんも出掛けてるから」

「そうなんだ…なら、こっちに電話して当たりだったね」

「当たりって…雑談なら兄さんの方が良いと思うけど。病院そんなに暇?」

「うん、ヒマ」

「あ、そう…」


「ああ、でもね…こっちの方が、ちゃんと信じてくれると思ったから」


あの話、と言うと、驚きと期待が入り雑じった声で「えっ、もしかしてまた会ったの?」と返してきた。


彼は昔から大人しくて感情をあまり出さなかったが、この話題になると表情が変わる。


「それで…?」

「名前、」

「うん」

「やっぱり“はるか”だった」


ぼやけた意識の中、私は過去を辿っていた。温かい家族、幼なじみ、上司、笑顔、雨、父親の死………。

断片的なそれらは、途切れ途切れに私の中を突き抜けていった。


「…その中にはね、ちゃんと“ユキ”って人もいた。顔も似てた。たぶん」

「…母さんか」

彼は静かに続けて、と言う。


私は続きを話そうと口を開くが、どうしても上手く話がまとまらなかった。

「ごめん…待ってね。話を整理しなきゃ…」

「ゆっくりでいいよ、澪ちゃん。それとも…僕が病院に行こうか?」


こめかみを押さえて俯き、目を閉じる。彼のまだ高い声が心地好い。


「澪ちゃん?」

「…うん、大丈夫。でも…」

「うん」

私は多少よろめきながら立ち上がった。
頭が痛い。


「来てくれると、嬉しい」

遠くから走ってくる母親の姿が見えた。


「…わかった。これからそっちに行くよ」

「……うん」

「ちゃんと病室戻って、寝てなよ」

「………はい」


短く応えると、私は携帯の電源ボタンを押した。







《続く》


あきゅろす。
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